2010年08月24日

●1Q84とソフトウェア開発

いまさらながら村上春樹の『1Q84』を読んでいる。久々に村上春樹ということもあるのか、面白い。最近はパソコンの本ばかり読んで小説なんか知らない12歳の頃に戻りつつあったが、小説の面白さを知ってしまった14歳の頃に戻れるかもしれないと思う。

しかし3年ほどソフトウェア開発という仕事に携わり、小説とは違ったかたちの「ものづくり」をしてから改めて小説を読んでみると、おもしろい点がたくさんある。


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2010年08月14日

●メールは議論に向かないけれども、また敢えて

前回書いてからある仮説を思いついた。
「メールは議論に向かない、とか言ってるのは日本人だけではないのか?」
というものだ。

比較文化論なんかで国によるメールやりとりの風習の違い、とか研究している人いそうですが、誰か知ってたら教えてください。

2010年08月11日

●メールは議論に向かないけれども、敢えて

という言葉から始まるメールを立て続けに2通受け取ったのだ。こちらからの長文の意見メールに対する返信なので、原因はキノシタにあるのだが。

しかし、メールが議論に向かないとするならば、昔のひとはどうしていたのだろうか、と思う。あるいは、文壇の論争は何なのか。めんとむかってコミュニケーションしなければ、論理的な話し合いはできないのか。やりづらいのか。

ぼくは「メールは議論に向かない」というのは半分当たっていて半分当たっていないように思う。「メールは議論に向かない」のではなく、「メールでは結論を出しにくい」ということなのではないだろうか。

文壇の論争などその最たるもので、どちらかが返事を出さないで事実上終わる、みたいなのがほとんどだ。むかしそれを揶揄した清水義範が、文壇史上はじめて片方が「私が間違ってました」と謝る論争、というテーマで小説を書いていたことを思い出した。

実際に会って話すときは「なんとなくその場の雰囲気も含めて納得する」とか「精神的に腑に落ちる」といった、精神へのトリガがかかりやすい。しかし、文章での議論にはそれがない。だから、「メールは議論に向かない」のではなく「メールは、一定期間で結論を出さねばならないようなビジネスによくある議論には向かない」ということなのだと思う。

厳密な意味での論争は、むしろ言葉になっているほうがやりやすいと思う。なかなかハードな戦いになることは承知の上であるが。

2010年06月26日

●地名と「名前重要」(2) シジョウかカラスマか

以下続稿、と書いてからまた1か月が過ぎてしまったが、続編。

京都の地名の話をしたい。
京都はご存知のとおり、縦横に碁盤の目状に区画整備されているために、「南北の位置」+「東西の位置」で地名を表記することが多い。

「南北」→丸太町、御池(おいけ)、四条、五条といった通り
「東西」→堀川、烏丸(からすま)、河原町といった通り

これらを組み合わせて「四条河原町」とか「堀川五条」などと表現するのである。(いま調べて思ったが、順序は逆転することもあるんやな。これに規則性はあるのか)

で、今日取り上げたいのは、またもや駅名である。この命名が特徴的だ。

阪急:「烏丸」「河原町」
京阪:「三条」「祇園四条」「清水五条」
地下鉄:「五条」「四条」「烏丸御池」「三条京阪」

似たような名前がたくさん出るが、このうち徒歩連絡が可能な関係にあるのは

1.阪急「烏丸」と地下鉄「四条」
2.阪急「河原町」と京阪「祇園四条」
3.地下鉄「三条京阪」と京阪「三条」

である。わかりにくいことこの上ない。観光客は大丈夫なのだろうか。ついこないだまでは京阪の「祇園四条」「清水五条」は単に「四条」「五条」だったので、これでもマシにはなっているのだが。

どうしてこうなっているのか。京都に住んでいたことのある人ならよくわかっているだろうが、阪急は市街地では四条通を東西に走る。地下鉄は烏丸通を南北に、京阪は鴨川の東岸、川端通(これは1987年の京阪地下化までは京阪線そのもの)を南北に走る。だから、その通り自身の名前は駅名には付いていないのだ。烏丸四条にある「阪急烏丸」と「地下鉄四条」がもっとも顕著な例であろう。

そして、まだその規則どおりにきちんと命名されているのなら、それはそれで人間系で読み替えることもできるのだが、規則どおりではないところがしんどい。地下鉄は「烏丸御池」だけ「烏丸」とついているし、「三条京阪」というのは「三条は三条でも京阪三条駅の近くですよ」と言いたいのだろうが、「南北」+「東西」の命名からはずれている。京阪も京阪で、「祇園四条」「清水五条」は、確かに祇園の近くであったり清水寺の近くであったりするのだが、それも「南北」+「東西」の命名からはずれてしまっている。

各社各社はそれなりにポリシーをもっているのだろうが、それを全体的に統括する団体がないばかりに、まぎらわしい駅名が乱立してしまっているのである。

えらい人が鶴の一声で「これに統一!」としてくれてもいいと思うのだが、名称変更は名称変更でなかなか手間であるのも事実。きっとこのままいくのであろう。まるでプログラミングの世界のようだと思いませんか、SE諸君。

2010年05月23日

●地名と「名前重要」(1) ウメダかオオサカか

ソフトウェア開発の世界では「名前重要」とよく言われる。統一した定義はないが、要するに「あるものが有名になったり良いものになったり、何かしら発展していくかどうかは、そのものの名前の善し悪しに左右される」という意味だと思っている。「名前」というのは、実体を表現する短く簡単で、もっともよく知られた形式だと思う。(名前以外にも、実体を表現する短く簡単な形式には、たとえばアイコン画像がある)

突然だが、最近「地名」というのは、「名前重要」というテーマをわかりやすく示す教材になるのではないかと考えている。そのきっかけとなったのが、先週末の話である。大阪に出張に来ていた会社の先輩が「何度か来るからわかるようになったけど、なんで梅田駅ってのは大阪駅と同じなの?」と聞いてきたのだ。

以前にも似たようなことを考えていたので、ぼくは以下のようなことを即答した(実際はもっとしどろもどろ)。
「それはつまりスコープの違いで、阪急や阪神といった私鉄会社にとっては大阪というのは梅田というローカル地名でいいんですが、JRのような全国会社にとっては『大阪』という名称で、大阪以外の人に『ここが大阪の中心ですよ』と示す必要があるわけですよ」

関西以外の人に解説しておくと、いわゆる「キタ」には以下のような駅が徒歩連絡可能駅として存在する。Googleマップみてください。

大阪駅(JR東海道線・JR大阪環状線)
梅田駅(地下鉄御堂筋線・阪急・阪神)
西梅田駅(地下鉄四つ橋線)
東梅田駅(地下鉄谷町線)
北新地駅(JR東西線)

梅田というのは大阪市北区梅田というローカル地名で、もともと田んぼを埋めた「埋田」の縁起をよくした地名である。地元民、京阪神の住民なら99%が知っている地名だと思う。
北新地は平成に入ってからできた駅で、大阪駅からは少し遠い曾根崎新地あたりの駅。命名方式がまったく違うが、住んでいる人にとっては「シンチ」として知られる繁華街の最寄りなので、あながち外れてはいない。

そして大阪駅については前述のキノシタ説どおりで、大阪の中心であることを意識した駅だ。JR、つまりは旧国鉄はこういう命名方式を一環して採用している。東京駅というのもそうだろう。

文章教室なんかで「文章は誰に対して書いているかを意識することが重要」などと言うが、名前というのも同じなのだと思う。つまり「誰のためにつけるかを意識した命名が、よい命名になる」ということだ。以下続稿。

2010年04月14日

●青年はまた引っ越す

どうも、木下修司です。
このたび8年間の東京留学を終え、地元奈良に帰還しました。
が、それもつかのま来月あたまには大阪の職場近くに越します。まあ実家も近いけど。
2007年以降毎年引っ越しています。4年連続4回目ですね。

このブログを熱心に見ていた方は「なんやこいつtwitterしか更新してへんやんけ」と思ってらしたと想像されますが、そのとおり忙しくてもtwitterだけは更新している。これは「忙しくてもテレビ見ながらぼやいたりはできる」とほぼ同義かなあと思っています。twitterに関する論考もぼちぼち出始めていて面白いんですが、それはまたのちの機会に。

最近興味のあること、最近興味がなくなってしまったもの、いろいろあるのですが、これもまたのちほど。
今日はひとまず挨拶まで。

2010年03月09日

●思い出の東京

忙しくてまとまった時間がとれずtwitterでつぶやくばかりだが、どうやら来月から大阪勤めになりそうで、大学に入ったのは2002年4月だから、かれこれ8年間の東京生活に別れを告げる。

東京で思い出に残る街についてつれづれなるままに書きたいなと思ったのだが、あいにく日付が変わってしまったのでまた後日としよう。