●フリーライター宣言
「闇は意外に深い」と書いたが、最近何かにつけてそう思う。闇は深い、そして暗い。東京に来て4年近く経つが、それがこの人間だらけの街の印象である。
話は変わるが、「信じる」というのは「考えるのをやめる」ことだと最近気がついた。当然と言えば当然だ、「考え続ける」ということが「疑う」ということなのだから。
ありとあらゆるものを疑って生きるのは難しいし、とてもつらい。しかし、何でも信じるという態度ではつまらない。別に「自分の存在だけは確かだ」とか「執着から苦しみが生まれる」とか言うつもりはないけれども、私にはまだ疑うことのできる闇がたくさんある、ということは間違いない。
暗闇の中に光をあてて、丹念にものを探していく。私にとって「書く」という営みは、そんなイメージである。社会的な身分とか、面倒臭いものは色々あるけれども、この場所ではフリーライターとして頑張りたい。この職業は不思議なもので、宣言すれば誰でもなれる。でも、誰でもできるわけではない。


コメント
いやぁ、君は「暗闇の中に光をあてて、丹念にものを探していく」なんて書き方はしていないな。
今までの秀作では、周囲で「これが闇だ」「それ、こっちも闇だ」と言ってくるのに対して、「うるせぇ!俺には俺のやり方がある!」って開き直ってみせるところに解放感を感じるんだが、もうそういうのは書きたくないのかな。
Posted by: 彬平 | 2006年01月23日 09:20
なるほど、そう見るか。
必ずしもそういうのが書きたくない、というわけではないです。むしろ今後もフィクションでは開き直り路線でいくつもり(と、言いつつそれを具体的には説明できない)ですが、ノンフィクションの書き物は上のようなイメージを指向しようかと。
まあ、今後いろいろ掲載するので、出たものを見て判断してもらえれば、と思います。
Posted by: 木下修司 | 2006年01月23日 09:53
おー,ブログができとる(年賀状見たよ).
新年会は参加できなくてスマン.
文学だの作文だの,そーいうのはわからん.
数学屋的には数学も公理は信仰するしかないとスジ違いのコメントをしておこう.
一線(異常な線だろうが)を越えると信じるか,信じないかしかないこともある.
例えば,連続体仮説や巨大基数の存在なんかは・・・(やめときます)
多分,ROMになると思うが,ちょくちょく見に来るつもり.
木下の文章は何を言ってるのかわからん事もあるが(多分,読み手側に問題がある),基本的に面白い.
Posted by: M1K | 2006年01月23日 18:21
おー、お久しぶりです。
数学屋が数学や公理を信仰するように、ぼくも文字や日本語などの存在は最低限信仰?するしかない…。
例外的につまらない文章が続かないように、頑張ります。
Posted by: 木下修司 | 2006年01月25日 13:26