●[雑談2]トリノ五輪と私
トリノ五輪が終わった。いまちょうどNHKで、総集編を兼ねたドキュメントを放送している。日本選手の話に限定せず、マイナー競技にもちゃんと触れるあたり、NHKとしての責務を果たしておるなぁと感心する。
メダルは荒川静香選手の金ひとつだけであった。やたらと4位が目立ったし、それに注目すべきだという論評もちらほら見かける。カーリングの思わぬ人気沸騰など、さまざまなことがあったが、まあそれをここで語っても仕方ないのでやめる。オリンピックと言っても所詮カタルシスを求める程度であり、テレビゲームと大差ない。すべてブラウン管や液晶の中の出来事だ。
さて、「トリノ五輪と私」ということだが、よく考えると「ソルトレークシティー五輪」の記憶がない。1998年の長野は鮮明に記憶しているにもかかわらず、である。日記を読み返してみると、確かに無理もない。4年前は大学受験の真っ最中でオリンピックどころではなかったのである(しかし、カーリング男子決勝については記述があった。恐るべし4年前の私)。
しかし本当にそれだけか。記憶生成のシステムは意外と単純なので、マスコミの影響ということもありうる。彼らが最近放送していたのが、長野五輪でのメダル獲得時の映像ばかりだったのではないか、ということだ。まあ、それをどうこう言うつもりはないが。
あと驚いたのは、私の周囲は意外とオリンピックを見ていた、ということである。普段スポーツ観戦なんぞに興味がない人々の一部は、オリンピックになると「え、オリンピックやってるのぉ? しらなかったぁー。うん、ぜんぜんキョーミないしー」というスタンスを、さもそれが偉いかのようにアピールするので辟易していたのだが、今回はそういった人間を見なかった。むしろ、やれモーグルやれスノーボードクロスと、オリンピック観戦に自分なりの愉しみ方を見出している人が多かった。日本社会全体がどうであったかは知らないが、これは私個人としてはうれしかった。もう一度書くが、いかにオリンピックとは言え、ブラウン管や液晶の中の出来事なのだ。あ、総集編が終わった。
