●[雑談8]ワールドカップと私
日本対クロアチア戦が終わった。何千人、いや何万人という数の人々が自らのブログでその試合の感想やらを書きつづっているのだろう。街中にはとりあえず盛り上がりたいファンがあふれ、とりあえず飲みたい連中が酒場に集まる。
前回の日韓共催のとき、私は東京に来て1年目。右も左もわからない大学1年生だったが、世間の狂騒ぶりはよく覚えている。秋葉原の電気屋のテレビにできた外国人の人だかりは、さながら昭和30年代の日本のようであった。しかし、あの時ほどの盛り上がりはないにしても、「ワールドカップに自分の国が出る」ということが半ば当然のようになったというのは、ものすごいことではないか。
だいたい、あるスポーツが国民的になるためには、「ただ騒ぎたいから騒ぐ」という連中が登場する必要がある。サッカーは4年前、見事にその仲間入りを果たした。去年のディープインパクトも、「競馬で騒ぐ」という新たなジャンルを開拓したように思う。少し前で言えばそれは松坂大輔だし、もう少し戻れば若貴と曙の大相撲である。どれも、普段興味のない人々をものすごい勢いで巻き込んでいった。
もちろん、マスコミやら広告代理店の戦略があることは間違いない。けれども、地方競馬や競輪、競艇などの現実を見ると、サッカーをはじめとするスポーツを羨望の眼差しで見ざるを得ない。唯一救いがあるとすれば、同じサッカーでも、地域密着でそれなりにやっているJリーグだろう。地上波の全国テレビ中継が少なくても、何とかなる。新潟に行けばアルビレックス一色だし、徳島に行けばヴォルティス一色というのは私も見た。インターネットやケーブルテレビなどのインフラ普及は、マイナー競技存続の夢をつなぐのかもしれない。

