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2006年08月30日

●きのしたより'06/8-vol.3 沈没

定期券
▼すっかり奈良に沈没しきってますが、来月は教育実習。「実習」と赤字で記された妙な定期券を手に、足繁く母校に通う日々がはじまる。本当に毎朝6時起きになれるのだろうか。

▼雑務と観劇のため、先週土曜日に東京に行ってたんですが、字面だけでなく精神的にも、東京に「行って」奈良に「帰る」自分になっていることに気づく。4年半積み上げてきた、東京人としての自負は何処へ。

▼最近一部より「キノシタはどのような小説を書いているのか?」「読みたい!」というありがたい言葉を頂戴しております。そもそも、このブログを始めた当初の動機には「自分で掲載しておかないと埋もれて読めなくなってしまうなー」というのがあった気がする。読み返すと恥ずかしい作品ばかりの気もするが、恥知らずであることしか取り柄のない私なので、そのうち掲載します。

●[劇薬中毒 9]首が痛い

映画館のどのポジションで鑑賞するか?というのは好みがあるだろうけれども、私は断然前列中央派である。首が痛くならない後列の端のほうよりは、首が痛くなっても前列で中央に陣取る。いや、むしろ中段や後列の中央より、前列の中央のほうが好きである。理由はいくつかあるが、
1.演劇同様、周囲の鑑賞者を気にせず没頭できる。
2.画面は大きければ大きいほうがよいと思っている。
3.首云々と書いたが、実はあまり首の痛みは生じない。
といったあたりか。まあ、駄作が面白くなる魔法というわけではないが、実測値で面白さ1割増しぐらいにはなると思う。

▽映画『DEATH NOTE デスノート 前編』(金子修介監督)@池袋シネマロサ
原作の漫画を読んでいる人にはつまらんという話があったが、筋程度しか知らない私としては結構楽しめた。確かに、突っ走って読ませればよい漫画と違って、映画はディテールに気を配らねばならないので、?なまま終わった部分もある。しかし、無理矢理原作のストーリーを2時間ちょいに縮約して失敗する映画が多いなかで、最初から潔く2部作にしようというあたり、粋ではないか。後編にも期待。(8/9)

▽映画『UDON』(本広克行監督)@奈良 TOHOシネマズ橿原
教えて仏教!でお馴染みの盟友ツジナカヒロキに呼び出され、観に行く。TOHOシネマズ橿原は初めてだったが、奈良にもこんなでかい映画館ができたんか…と感慨深し。
内容はとにかく「うどんが喰いたくなる」の一言に尽きる。私は関西うどん文化圏に育った割にはそば派なのだが、秋からは学食でうどん喰うか…という気になった。南原清隆はじめ香川県出身芸能人がちょい役で出ているあたりツボであるし、本広監督の前作『サマータイムマシン・ブルース』の影響でヨーロッパ企画の役者さんが登場しているのもよい。特に永野宗典さんはもはやチョイ役とは言えないレベルで出演しており、「いつもは目の前で動いてはるのになー」と不思議な気分であった。来月の公演も楽しみである。
盟友ツジナカは小西真奈美に満足し、私は小日向文世のちょいダメおやじぶりに満足したのであった。(8/27)

追伸:
「教えて仏教!」のネタが止まってるやんけ!と詰問したところ、「もうええやん」的な濁され方をしたので、みなさんから広く質問を受け付けいたします。いや、前から受け付けてはいるんですけどね。こちらまで。

2006年08月25日

●★告知★ おいでー奈良!(5)吉野の里に

奈良県南部への興味が深まる中、高校時代の友人と吉野に行ってきた。意外にも遠足などで行ったことがなく、これが初めてなのである。橿原神宮前駅から吉野線に乗り換えて50分。吉野駅に到着する頃には、車両には私たち以外誰もいなかった。それもそのはず、春は桜、秋は紅葉、冬は雪景色が興をそそるが、夏は…。せいぜい蝉の鳴き声ぐらいのものだ。


▲桜、そして杉。春は絶景かと思われる。
吉野駅からロープウェイで山上に向かい、そこから散策を始める。とにかく、人がいない。夏の平日に訪れるメリットは、それぐらいかと思う。しかし、神社仏閣は逃げない。秘仏、蔵王権現を本尊にもつ金峯山寺(きんぷせんじ)、南朝時代の後醍醐天皇の玉座がある吉水神社、そして車も通れない山道を抜ければ、後醍醐天皇陵のある如意輪寺。どれも堪能した。途中、如意輪寺に向かう途中に蛇を見た。とても久しぶりの気がする。

役行者(えんのぎょうじゃ)が始めたとされる密教修行の霊場、修験道のはじまりの地でもある吉野だが、そこには何かが始まるときのワクワクした気分などなく、どこかもの悲しい。それは、吉野の歴史が敗者の歴史だからかもしれない。源義経や弁慶ゆかりの品々、あるいは後醍醐天皇や楠木正成など南朝ゆかりの品々。吉水神社の中、後醍醐天皇の玉座をじっと見つめていたら、ひんやりとした風が流れた。

「夏草や兵どもが夢の跡」と平泉で詠んだのは芭蕉であったが、芭蕉の門人、各務支考(かがみしこう)は「歌書よりも軍書にかなし吉野山」という句を残している。春、千本桜を褒め称えるのも悪くないが、夏は「軍書にかなし」を感じられる季節だと思う。

いにしえの戦偲びて法師蝉 修司

2006年08月24日

●★告知★ おいでー奈良!(4)秘境・十津川

奈良は左上4分の1しか人が住んでいない、という話をしたが、先日下半分、南部に突撃してきた。十津川村(とつかわむら)。面積は都道府県40位ぐらいの奈良にして、日本最大の面積を誇る村である。古くより自治が発達しており、また南朝の志士と交流があったことから、明治維新前後には尊皇派として多くの村人が活躍した。彼らは十津川郷士と呼ばれ、その活躍もあってか、明治時代には村人全員が士族となったという。

歴史はさておき、寮の後輩とキャンプに向かう。奈良県中部の中核都市、橿原から出発し、五條を経由して哀愁のルート168。3時間弱、100キロも走れば十津川に入る。途中、ヘアピンカーブの連続に、頭文字Dを想起する。


▲谷瀬の吊橋
ここまで奥に入ると、さすがに自然がすごい。もともと山が非常に険しい地域なのであるが、集落付近にある十津川(熊野川)のせせらぎは、辺り一面の緑を映して、ところどころ青緑色に輝く。沖縄の青い海を彷彿させる、あの青である。日本最長の鉄線橋、谷瀬の吊橋から見下ろす景色はすばらしいの一言(と、共に襲う揺れ)。国道からはずれた細道を、10キロ以上進んだ先にあった「笹の滝」がしぶきを巻き上げる姿にも恐れ入った。

温泉から見上げれば満天の星。あまりに多すぎて、どれが北極星かも覚束ない。河原で酒を飲みながら、こんなところで暮らすのも悪くないと思った。もちろん、現実的にはさまざまな障壁があるわけだが、携帯の電波も(集落付近なら)3本立ってたし、ケーブルTVでブロードバンドもできるみたいやよ。

2006年08月23日

●きのしたより'06/8-vol.2 実家とは

▼実家に帰って10日近くなります。実はこんなに長期で帰るのは東京来て以来はじめてなんですが、いろいろ思うことがある。
1.とにかく飲む。
 本人の意向にかかわらず、うちのオカンあるいはオヤジは夕方になると必ず飲んでいる(休みの日は昼から)ので、「お前も飲め」ということになり、東京以上に頽廃的な生活に…。仕方ないので昨日から「21時までは一滴も飲みません」宣言をしている。
2.なにかと食う。
 朝からしっかりゴハン、昼もちゃんとゴハン、晩もがっつりゴハン&飲み、なのである。すでに体重が2キロ以上増えているのは体重計が変わったせいだけではなさそう…。どうやら、私の体重がいままで維持されてきたのは、あまりツマミを喰わずに飲んでいた日が多かったからのようだ。どうしたものか。

▼よく考えるとモンゴルの話もまだ書いていなければ、映画や芝居の話もさっぱり。なんか奈良のぐったりした雰囲気に呑まれてしまっていますが、やることは山積しており、相変わらずです。

2006年08月16日

●[はじめての… 8]コミケ

コミックマーケット、通称コミケ。8月13日、ついに足を踏み入れることになった。


はじめて名前を聞いたのは高校1年ぐらいの時だったろうか、中学生だったかもしれない。夏休みに同級生の何人かが、わざわざ東京まで、青春18きっぷを使って乗り込んでいたのをよく覚えている。いわゆる同人系エロ漫画を買うために。

出店している友人に誘われたというのもあり、私も最終日、男性向けエロ漫画の日に東京ビッグサイトに突撃した(3日間あって、初日は少年漫画など一般向け、2日目は女性向けエロ、3日目は男性向けエロと区分されているらしい。知らなかった)。とは言っても、目当ての漫画があるわけでもないので、始発で行って並ぶということもなく、午後からのんびりと。前日の大雨のせいで東京湾花火大会が順延されており、ゆりかもめは警戒ムードである。

すでに地下鉄からゆりかもめに乗り換えるあたりからアキバな香りがしていたが、国際展示場正門駅を降りると、そこは楽園であり地獄であった。周囲の人間の格好というか、何というか。前回ビッグサイトに来たときはリクナビのイベントやったなぁ、と思いつつ歩みを進める。歩けないわけではないが、ものすごい人出だ。

とりあえずコスプレ広場に行く。コスプレをしている人々と、それを撮影する人々との非常に微妙な関係性がこわい。実際、撮影に関するトラブルは毎年起こっているようだ。しかし、えーっ!というような人もいるが、きれいなお姉さんも多い。当たり前ではあるが、世間一般と同比率、あるいはそれ以上にきれいな人はいる。だってコスプレですよ。身体もコスチュームです。

続いてメインであるコミックの売り場に。リクナビでも半分しか使わなかったビッグサイトを全部使っているのだから、恐ろしい。会場内は汗の香りが充満している。売れてないところが大半だが、ところどころのブースには行列ができている。そのギャップは激しい。すべて同人系エロ、いわゆる一般作品の二次創作が主のエロである。あまりの多さにもはや興奮も何もなくなった。

最後に西側の、コミック評論などその他の冊子売り場をのぞく。と学会とか普通におったが、ここが一番なごんだ。そういえば私もつい最近までサークルで同人誌の編集長をやっており、ときどき学園祭で机に冊子を並べて売っておったものだ。ボーッとしたり酒飲んだり客引きしたり。基本はおんなじである。「志を同じくする人の集まり」=「同人」というだけのことだ。

到着してすぐは、彼らとの絶望的な乖離を感じた私ではあったが、帰るころにはすっかりなじんでいた。コスプレをする連中と漫画を売る連中とにも決定的な差があることなど、彼らを「オタク」で一括りにする奴らには到底理解できないのだろうが、それはまあいいだろう。何となく感じたのは、真剣にトップを目指すのであればどんな分野でもよい、という寛容性をもった現代日本社会は意外と悪くないのではないか、ということだ。

2006年08月14日

●きのしたより'06/8-vol.1 帰寧

▼青春18きっぷを使って、始発の鈍行で奈良に帰ろうと夜通し準備してたんですが、現在テレビ朝日では宇宙戦艦ヤマト(映画版かな?)のクライマックスシーンを放送しており、早朝とは思えない熱さをみせています…。

「奈良(ちきゅう)か…、何もかも皆、懐かしい…」

ああ、沖田船長が…。そして、ささきいさおが歌うテーマソングが大音量で流れる…。

▼最近夏風邪をひきまして、今年の健康記録がストップ。おかげでレポートも奈良で書く羽目に。よし、ぼちぼち出発するか。

2006年08月09日

●[ばくちのち 11]追悼、佐藤隆騎手

昼、女子砲丸投げアテネ五輪代表・日本記録保持者の森千夏の訃報に驚いたのも束の間、船橋競馬所属の佐藤隆騎手が亡くなったとのニュースが流れた。4月の浦和競馬で落馬して意識不明のまま、帰らぬ人に。

偶然と言われればそれまでだが、午前11時2分に黙祷を捧げた後だけに、何か思うものがある。

佐藤隆と言えば、最近こそネームヴァリューやアジュディミツオーなどのお手馬がいたが、すぐ上の世代である石崎隆之や的場文男の陰に隠れて、長いこと陽の当たらない坂道を歩いた騎手だった。2年前の東京ダービー、アジュディミツオーの単勝1000円を握りしめていた私。堅実で期待を裏切らない騎手、というイメージだった。ジョッキーとしてはベテランだが、まだ49歳である。残念、という二文字では語り尽くせない。

野球やサッカーなどのスポーツでは、事故はあっても死亡まで至る例は限りなくゼロに等しい。しかし、ギャンブルではときに死亡事故に至ることがある。ここ10年でも競馬、競輪、競艇、オートレースで2ケタ近い選手がこの世を去っているのではないだろうか。我々ギャンブラーは金を賭けるが、彼らは命を賭けているのである。改めてそれを感じた一日であった。

黙祷の傍らで猫昼寝かな 修司

2006年08月08日

●★告知★ おいでー奈良!(3)まだやねん。

先日しばし帰省していたのだが、1日にPL花火芸術を観に行った。東京からわざわざ友達呼んだのだが、何とも大味な花火で、構成らしいものがあまりない。まあ、本来の経緯が経緯だけに盛大にやればそれでいいのかもしれない。

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▲法隆寺西院伽藍の大講堂、国宝。
翌日は友達連れて法隆寺に行く。結構家から近いので、よく行く。しかし、だからと言ってものすごく詳しいわけでもない。しゃべくってる奈良交通のガイドのおばさんを横目に、もう少し僕にはスキルが必要やなあ、と反省した。

しかし、一度行ったことがある場所ばかりでもない。奈良県の左上4分の1は結構極めた感があるが、当麻寺はまだだし、南部では吉野はちゃんと観光したことがない。宇陀のほうでは長谷寺室生寺と残しているし、吉野のさらに向こうも頻繁に行く場所ではない。誰かそういう奈良のディープな観光を一緒にしてくれる人を募集してます

2006年08月04日

●[雑談9]その一球がドラマ

「どうして高校野球の応援をする女の子はあんなに泣くのか?」という話を寮の後輩としていたのだが、別に泣くのは女の子だけではない。いつも野球を見てきた多くの人々が、心の中ではらりと涙を流す、それが甲子園、そして高校野球というものである。

先月30日、奈良県大会の決勝を観に行ってきた。

天理対斑鳩(いかるが)・法隆寺国際。奈良県初の夏4連覇を目指す天理は準決勝で強豪・智弁学園を下した。事実上の決勝を制した勢いで、一方的な試合になるのではないかと思っていたのだが、私が県立橿原球場に到着した3回表ではまだ0-0。しかも4回、斑鳩・法隆寺国際は二塁打からバントと犠牲フライで先制する。予想外の展開だ。

斑鳩は最近こそ03,04年に春センバツに出場したが、夏は勝てば初出場。天理、智弁、郡山の奈良3強以外の出場となると、実に1969年以来となる。しかも、片桐高校との合併で、「斑鳩」の名前で出場できるのは今年限り。既に1,2年生は法隆寺国際高校の生徒であり、今年は合同チームでの出場である。

6回にもエラーとタイムリーで2点を追加、7回に2点取られるものの、ピッチャー永田の変化球は終始冴えわたる。いよいよ9回。大会通して抑えとして活躍してきた山添がピッチャーに入り、永田はライトへ。1人抑えるが、連打に好走塁も重なり2,3塁、逆転サヨナラのピンチ。永田が再びマウンドに上がる。ここであいつに投げさせなければ、そんな選手の思いがにじむ監督の采配。4番主将の藤原を敬遠して満塁策。対するは5番、今日ノーヒットの高橋。

永田の渾身の一球は、高橋のバットに当たる。地面に叩きつけられたボールは大きくバウンドし、前進守備のショートの頭上を越えていった……。
斑鳩000102000 /3
天理000000202x/4
天理高校は4年連続23回目の出場

終了後、一緒に見に行った友人と話した。結果論ではあるが、前進守備にせず1点は仕方ないと割り切っていれば、ダブルプレーで試合終了だっただろう。しかし「1点もやれない、延長になったら天理には勝てない」という判断。あそこで彼らに前進守備をさせたのは、監督ではない。春夏あわせて全国優勝3回の強豪が積み重ねてきた「天理」という、名前そのものである。勝った天理も、負けた斑鳩・法隆寺国際も、そしてスタンドの観客も、みんなが泣いていた。青空から照りつける日差しがまぶしかった。

▲試合終了後、応援席前で整列する斑鳩・法隆寺国際の選手たち