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2006年09月28日

●[飲みの系譜 5]とりあえずビール

しばらく断酒しようかと思っている。10月中旬~12月上旬。さすがに勉強しないと卒業できそうにない。飲み会を絶つあたりから健全な生活に復帰しようかと。その前に酒の話をしてしまおう。

ずいぶん昔に「5W1Hへのこだわり」の話を出してそのままになっていたので、第2回。「どこで?」である。自室、寮、チェーンの安居酒屋、ちょっといい店、スポーツ観戦中、いろいろある。それぞれの場に応じて酒は変わる。

しかし、変わらない酒もある。これを「とりあえずビール」(通称:とりビー)と言う。最初はビールで乾杯し、そこから状況に応じてアルコール度の高い酒に入っていく、というのは、日本人の飲み方の基本とも言える。しかし、基本は基本でしかない。応用をしていかなければ進歩はない。

ウンチク漫画の最高峰である「BARレモンハート」では、この「とりビー」を批判し、バーでは「とりあえずジントニック」でなければならぬ、と説いていた(巻数忘れました)。なるほど、それも面白い。私の最近の好みは「とりあえずワンカップ」である。もともと炭酸があまり好きではなく、日本酒をぐいっとやるのが性に合う。
1.スーパーで買ってきたカップ酒を冷凍庫に入れる。
2.風呂に入る
3.風呂上がり、おもむろに冷凍庫から取り出して飲む。
つまみ? そんなものはいらん。でっちあげの哀愁が肴になる。

とりあえずビール2つと父笑う 修司

2006年09月26日

●[雑談10]安倍晋三と私

このタイトルを出すのにわざわざヤフーのニュースをチェックしてしまった。厄介なのは「安倍」である。「安部」でも「阿部」でも「阿倍」でもなく「安倍」。ほら、もうわからなくなってきたでしょ。「晋三」を「新三」や「晋蔵」と間違えるよりもずっと確率が高そう。

試しにGoogleさんをやってみると、
安倍晋三 6,480,000
安部晋三 475,000
阿倍晋三 43,300
阿部晋三 20,900
となった。このうち3番目の「阿倍」以外は、すべて1番目に出てきたのが衆議院議員「あべ晋三」のウェブサイト。ちゃんと最適化されてますね、さすが。

総理大臣の名前はこれからもテレビ番組で使われそうやけど、パソコンで入力すると同音異義語がどうしても判別しにくくなるのは事実。まだ意味で分類できるものならいいが、「部」と「倍」を区分しろと言われて、できる日本人はそうはいない(ぼくもようわからん)。大阪の近鉄電車の駅「あべの橋」は「阿部野橋」だが、大阪市の区は「阿倍野区」らしく、もうわけがわからん。

昔やってたテレビでよく覚えているのは、「あべ」という名字の人はあだ名が99%「あべちゃん」であるという話の調査。確か100人中98人ぐらいがその通りだったという仰天の結果が出ていたと思う。安倍晋三も「あべちゃん」やったんかな。政治の話はまたこんど。

2006年09月25日

●きのしたより'06/9-vol.2 さよなら


▼教育実習が終わり、しばしの休息をはさんで今日の夜行バスで東京へ。こんなに長い間帰省することも、もうないでしょう。住むことはあっても。

▼やらなければならないことがたくさんあるような気がして、それでいて大したことはできない、というのが私の人生でありますが、たまには全力投球してみます。

▼「おはよう朝日です」も「探偵!ナイトスクープ」も見られないことだけが残念。

2006年09月17日

●きのしたより'06/9-vol.1 センセイの破綻

▼センセイという妙な肩書きをもらい、毎朝6時に起きる生活をしてます。ようやく連休で何か書く気になれた、というのが正直なところ。今週木曜まで、精一杯やらせていただきます。

▼毎日酒を飲むことだけは欠かせません。ときどきタクシーに乗ります。

▼他のことにまるで手をつけられず、多方面に現在、未来にわたり迷惑をかけることが確実な状況になっています。東京に戻るのがちょっと怖いが、ハイレベルなボケを要求されない世界であることがせめてもの救い。毎日スベり倒してます。ふぅ。

2006年09月05日

●[おしえて!仏教 5]「空」とゼロ

ゼロを発明したのはインド人だという話は前から知っていたが、つい最近それが何となく、仏教思想における「空(くう)」とつながった。

「空」というのは辞書などを見ると、「ものが固定した実体をもたない」とか「あらゆるものごとに対する無執着」などとある。般若心経でお馴染みの「般若経」全般も、この思想を説いている。重要なのは「無」とは違うということだ(本当は無と同じ意味で使う「空」もあるが、ここでは割愛)。「空」のなにもなさは、「ものごとが『ある』や『ない』ではとらえられる状況ではなく、何もない」という感じなのだ。初期の仏教家、龍樹(ナーガールジュナ)は、この「空」こそがブッダの悟りの内容だとした。

なんかよくわからない「空」だが、これを「0(ゼロ)」と置き換えてみるとどうだろうか? 「+や-で捉えられる状況ではないけれども、何もない」状況がゼロだとすれば、しっくり来るような気がする。そしてまた、それは完全な無存在ではなく、ゼロが「ある」というあたり、空と似ているではないか。

ゼロを発明したのはインド人だというのは、決して偶然ではなかったんだなぁ…とひとり感心した秋の夜長。しかし、よく見ると辞書に「空は、インドの数学においては世界史上最初に発見したゼロを表す」と書いてあるではないか。なーんや。