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2006年10月30日

●[雑談11]昔の私と今の私

このブログを読んでいる人の何%かは、私が昔メールマガジンをやっていたことを知っているかもしれない。パソコンってのは便利かつ恥知らずなので、マウスをちょちょっとやれば、すぐにそれが見られる。前身であったホームページの内容を引き継ぎつつ、高2の4月からまる2年間、270号ぐらい発行した。久々にいくつか読み返してみた。なんかもう、胸がきゅうんとなって液晶モニターに正対できなかったけど、読み返してみた。以下気づいたこと。

1.結構考え方は変わっていない。
2.とても、とても恥ずかしい
3.しかし、面白い。いくつかのコーナーがあるあたり、このブログに似ているのだが、正直面白さだけなら今より上ではないか。

作家の原田宗典が、自らの学生時代の読書記録にツッコミを入れた本があった。出た当時、「こんな風に自分を振り返るのをアピールするのはイヤやなぁ」と思った記憶があるが、それが面白かったら何でもありなのかもしれん。うむ。

人生を振り返って懐かしむには若すぎるが、自分の方向性を確認するには、たまにはこっそりとパソコンの画面を見ながら「胸をきゅうん」とさせる必要があるのかもしれない。そして偶然にもコンポからは中島みゆきの『ノスタルジア』が流れる。

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ノスタルジア ノスタルジア抱きしめてほしいのに
ノスタルジア ノスタルジア思い出に帰れない
ノスタルジア ノスタルジア何処まで1人旅

2006年10月28日

●[ばくちのち 14]北海道の夢を見た

菊花賞は選んだ5頭が1~4着したが、当たっているようで外れたとも言える。まあ、買ってないので知らない。

さて、北海道日本ハムファイターズが日本一になって、新庄ファンはもちろんのこと、水島新司大先生を筆頭とする我らがパ・リーグファンにとってもめでたいのであるが、今週の天皇賞は「悠仁親王殿下御誕生慶祝」というおめでたい競走である。そして、北海道から夢が走る。コスモバルクだ。

予想がどうとか言う問題ではない。この馬が勝つことに、競馬界の命運はかかっていると言っても良い。地方競馬、特に日本最大の馬産地である北海道営の所属馬が勝つことが、どれだけ重いことか。

別に、勝ったら何十億円の経済効果がある、というようなディープインパクト的な事件を期待しているわけではない。何%か売り上げが増えて、道営競馬に注目するファンが増え、そして収支がちょっと黒字になればよいのだ。向こう3年は継続すると高橋知事は表明しているものの、単年度赤字額が増えれば即廃止もありうる、という状況。

経済の詳しい事情はわからないが、道営競馬が廃止になれば北海道の失業率が3%程度上昇する、という話も聞く。馬産地あっての競馬である。JRAも何も考えていないわけではないだろうが、万が一のことがあっても大丈夫なのか? 他の地方の競馬が廃止になっていくのとは訳が違う。メンバーを見ると微妙ではあるが、かつてないチャンスであることに違いはない。コスモバルクには、不安を吹き飛ばすような走りを期待したい。

2006年10月27日

●[劇薬中毒 10]なんにもない、ということ

奈良に帰省していた折、あまりにも文化的なことがないので、普段はまったくやらない「DVDを借りてきて家で観る」というのをやってしまった。映画は絶対に映画館で、というモットーだったのだが、家で観るのも意外に悪くないと発見。以後、東京でもたまにやることにした。

というわけで最近観た4本が、
『恋は五・七・五!』(荻上直子監督、2004) 
『ホテル・ハイビスカス』(中江裕司監督、2002)
『シムソンズ』(佐藤祐市監督、2006)
『帰郷』(萩生田宏治監督、2004)
である。偶然にも、田舎を舞台にした作品ばかりであった。

色々観ていて思ったのだが、「地方」の描き方も様々である。『ホテル・ハイビスカス』は沖縄を舞台にした映画で、出演者も沖縄の人ばかり、ウチナーグチには字幕がつくという、地方色を全面に押し出した作品であるけれども、他の3作品はそうでもない。

共通するのは「田舎には何にもない」という認識を出演者(主人公?)が持っており、そこから話が始まるということだ。『シムソンズ』では加藤ローサ演じる主人公が、「常呂町には何もない!」というようなことを言っているし、『恋は五・七・五』でも、帰国子女の主人公が田舎町で鬱屈している様子が描かれる。『帰郷』でも、西島秀俊演ずる主人公が東京から何時間もかけて、知人や親族のいる「うざったい」田舎に帰るのだ。

しかし、ではその田舎が具体的にどんな田舎なのか、ということは、3作品で描き方に相違がある。『シムソンズ』は北海道常呂町を舞台にした実話の映画化ということもあり、北海道はこのようなところだ、というリアルな描写は『ホテル…』に似たところもある。しかし、『恋は…』の舞台が静岡であることは全国大会のシーンまでわからないし、『帰郷』に至っては最後までわからない(登場するJRの駅があった気がしたが失念)。そしてこの3作品、本当ならば田舎の人々が持っている「方言」がない。みんな基本的に標準語なのである。もちろん、加藤ローサに北海道訛りは技術指導的に無理であるという面もあるだろうが、『恋は…』と『帰郷』では、「特定の田舎ではない、どこか田舎」という設定をつくりだすために、意図的に方言を使っていないと思われる。

言葉の違いという大きな差を失った「田舎」は、どこか不思議な感じがして、ファンタジーのような仕上がりを生む。特に荻上直子監督は前作『バーバー吉野』でも寓話的手法を用いており、今回も「俳句甲子園」を題材にしつつ、単なるスポ根や恋愛ものにしなかったあたり、絶妙である。『帰郷』も子役の女の子が座敷わらしのようで楽しい。そして私はやっぱり、西島秀俊が好きなのだ。

2006年10月24日

●[飲みの系譜 6]そんなコンパもあった

酒の話でもしよう。5W1Hへのこだわり第3回は「誰と」である。別に和服姿の高島礼子に晩酌してもらいたい、という話ではない。ともさかりえに「まる!」と言ってもらいつつ旨い魚を食いたい、という話でもない。

酒を飲むのには大きく2パターンある。「ひとり」と「ふたり以上」だ。酒は結構飲む、と言っても、ひとりでは飲まないという人も多い。「飲み会の雰囲気が好き」というような女の子もおり、当然ひとりでは飲まない。「ひとりで飲んでも楽しくない」ということを言うのだろうが、彼らは幸せ者である。酒はイーブンから+の状態にもっていくためにあるだけではなく、-の状態からイーブンにもっていくためにある、ということを知らないのだから。

まあしかし、ふたり以上で飲まないと、なかなか「限界量を超えて暴走する」ということはない。ひとりだと、よっぽどの場合でない限り自分でブレーキをかけてしまうからだ。この「酒の限界量」というのも厄介な代物で、結局は精神力である程度ボーダーを上にあげられる。合コンでかわいい女の子を前に頑張ったけど、翌日は二日酔いでぐったり、などという経験がある人もいるだろう。

しかし、「記憶なんか飛ばしたことない」という人が多数派なのではないか、という実感もある。私は寮なんぞに住んでるから記憶なんか飛びまくっているが(私が飛ばしやすいだけという説もある)、周囲に訊いてみても、無茶苦茶になるまで飲んだことがある、という人は特に女性には少ない。私はちょっとこれは問題ではないかと思う。記憶飛ばしたときのリスクを把握せずに、酒は飲んだらあかん。妊娠したときのリスクを把握せずに、セックスしたらあかん。基本はいっしょやと思うが。

2006年10月23日

●きのしたより'06/10-vol.3 謹酒


▲野暮用で新宿に行ったので、都庁の展望台に寄ってきました。45階から眺める雨の西新宿はよろしいが、機種変更したばかりの我が携帯W41SAはカメラ性能があまりよろしくない。まあやむなし。

▼無理に「禁酒」するのをやめて「謹酒」することにしました。つつしむ。大体の条件は、
1.ひとりでは飲まない
2.(前々から決まっているものを除き)自分では飲み会の機会をつくらない
3.週1回が限度
非核三原則みたいになってきたぞ。とりあえず年内はこれで。

▼週1回ぐらいしか休肝日がなかった私が、ここ2週間は週1回しか飲んでいないというだけで、ものすごい進歩である。最近は飲むことに恐怖すら覚えてきており、人間やればできるもんやと自分で自分を安易に褒めつつ、コーヒー飲みながらのだめカンタービレを見ておりました。漫画そのまんまで結構おもろい。

2006年10月21日

●[ばくちのち 13]ディープインパクト・後日譚

なんかややこしい問題になってしまった。もし勝っていたらとてつもない大事件になっていたであろうし、もっと関係者がバッシングされていそうだが、3着だったのがある意味救い、になっている。変な話だ。まあ、スポーツなのだからルールは守らないと、というだけの話である。ちょっとそのルールがマイナーだったので、それを知らなかった人々は驚いている、というところか。馬が可哀想、とか、そういう次元の問題ではない。

さて、菊花賞。ネオユニヴァース、ディープインパクトに続いて、まさか自分が大学生のうちに3回も3冠挑戦を見ることになろうとは思わなかった。今年は残念ながら東京のウインズで観戦になりそうだが、とても楽しみである。

しかし、「今年の上半期はまともに予想しなかった」などと書いたはいいが、このままでは下半期もまともな予想をしなさそうである。忙しい。まあ、大レースに大金をつぎ込む必要はない。今回の菊花賞は5頭立てぐらいで、残りは動く障害物だと思うが、私はドリームパスポートを応援。高田潤から横山典弘に託された思いよ叶え。

「逃げ馬と菊花賞」という特集を書いてみたので、興味ある競馬ファンは下へ。

続きを読む "[ばくちのち 13]ディープインパクト・後日譚"

2006年10月19日

●[おいでー奈良 6]さいなら、また!

今夏実施した「おいでー奈良!」キャンペーンの総括をしておこう。記事は8/25で終わったが、そのあと友人および友人の連れてきたイギリス人青年を案内したり、自転車旅行の旅途中に寄ってくれたりと、色々ありました。拙いガイドをここで詫びておきます。

改めて奈良県の良さに気づいた夏ではあったけれども、別に奈良が日本のなかでも屈指の素晴らしい地域だ、と言うつもりはない。むしろ、大したことない部類に入ると思う。そもそも奈良公園の鹿だって、観光客誘致の一環で明治時代に連れてきただけやし。

しかし、この「大したことのなさ」が、京都のぎっしりと神社仏閣が詰まった旅に飽きた人には受ける、のかもしれない。その代表が、平城宮跡だろう。西大寺駅と新大宮駅という、奈良市いや奈良県でも有数の繁華街?の間にドーンと位置する空白。そこにあるのは公園というか、草原というか。最近でこそ朱雀門が復元されたり、平城遷都1300年を前にいろいろやっているが、やっぱりそれは「空白」でしかないと思う。しかし「開発しようと思ったらできるやろけど、まあええやん」という、奈良県の精神性の象徴とも言えるのではないか。

最後に、平城宮跡がラストシーンに登場する小説を引用して、このシリーズを終えたい。さいなら、また!

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 それから一週間してぼくは今度は大阪に出張したのだけれど、そこでも半日余った時間ができたので奈良の平城京の跡に行ってみた。平城京の跡は今ではただの公園のようになっていて何もない(周辺部には木が生えていて公園のように使われていたが、条理に区画された中心部には木も生えていなかった)。その何もないところに当時の再現のようにして南北二百メートル東西百メートルぐらいに仕切られた区画がいくつかあって、それが一メートル程度の高さに土が盛ってあり、ぼくはその上も歩いたが何もないことに変わりはなかった。
 平安京なら造られてからずっと人がそこで生きてきたが、平城京は何もなくなってただ条理の形跡を留めるだけの平らな土地が残された。夏草だけが生えた何もない地面を歩きながらぼくは、長い長い空白の時間を越えて平城京の時代に生きた人たちのざわめきが聞こえてくるような気がしたのだけれど、真紀さんはそれはやっぱりただの空白でしかないと言うのだろうかと思った。


2006年10月18日

●[おしえて! 仏教 6]戒律って何や?

仏教に限らず、およそ宗教というものには戒律がある。牛食うなとか豚食うなとか、酒飲むなとか。元々戒律には興味があったのだが、最近学校の関係でいろいろと調べていて、より一層深みにはまって抜け出せない。

よく、日本のお坊さんは妻帯するし肉食するし、酒も飲むわで何でもありやんか、という批判があるが、これは一部分では当たっている。確かに、日本の仏教、特に現代の仏教においては、あまり戒律は重視されない。タイなどに行ってみるとよくわかるが、彼らはブッダの頃の原始仏教に近い戒律を守っていて、昼過ぎたら食事できないとか、そもそも食べ物は一般の人々からもらわねばならないとか、非常に厳しい。

しかし、厳しい仏教が正しくて、ゆるい日本の仏教が間違っている、というような安易な問題でもない。生活規定はその風土・習慣によって、大きく変化するものであるからだ。ブッダは「三学」ということを言った。これは「戒」(かい)「定」(じょう)「慧」(え)の3つをちゃんとやれ、というものである。生活のしきたりをちゃんと守って(戒)こそ、ただしい瞑想・座禅(定)ができるものであり、そこから悟りに必要な知恵(慧)が生まれる、というのだ。重要なのはここであると思う。当初からブッダは苦行を否定していたように、別にやせがまんしろと言っているわけではない。

日本仏教に戒律をきちんと伝えたとされるのはご存じ鑑真なのだが、それ以降、戒律は廃れたり、復興運動が起きたり、の繰り返しである。私には「どうも面倒くさい」「っていうかこんなん無理やし!」という当時の僧侶の発言(内心?)が想像できる。要するに、今の私は勉強のノルマを達成すればいいわけで(慧)、そのためには勉強しやすい環境で効率よく進めることが大事(定)、あくまでそのための決まりを守ればよい(戒)のだ。だからいま机にあるブラックニッカを一杯ぐらい飲んでも問題ない…??

2006年10月17日

●[ググるな危険 5]時の過ぎゆくままに


2006年10月16日

●きのしたより'06/10-vol.2 梵脳

▼すいません、1日だけ禁忌を破って飲酒してしまいました。この場で懺悔します。

▼頭がサンスクリット語漬けになっておりますが、久々に勉強を始めても遅々として進まず、苦悩の日々です。まあ、しゃあないけど。

▼今年も夏休みが終わってしまった、と今になって思う。夏休みと言えば中島みゆきの名曲「あたいの夏休み」である。
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新聞に載るほど悪いこともなく
賞状をもらうほど えらいこともなく
そして ゆっくりと一年は過ぎてゆく
やっと3日もらえるのが 夏休み
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社会人の夏休みと、学生の夏休みはだいぶ違うんやなあ、と小学生ながらに思った記憶がある。来年からどうなるんやろ。

2006年10月15日

●[はじめての… 9]モンゴル国 後編

わずか5日間の滞在であったが、忘れられない思い出ができた。年に1度の祭典「ナーダム」での草競馬である。

毎年7月11日がナーダムの日である。ウランバートル市内のナーダム・スタジアムでは、朝から盛大な開会式があり、その後モンゴル相撲の全国大会が始まる。各地方の予選を勝ち抜いてきた512人でのトーナメント戦。とは言っても涙、涙の甲子園とは違って、どこかのどかなお祭り気分である。

モンゴル相撲や弓矢の大会を見学したのち、我々はガイドさんと共に草競馬のゴール地点へと向かった。ウランバートルの市内からスタートする草競馬は、何キロもの行程があるため、ゴール地点は郊外となる。各地方の代表である少年たちが、モンゴル馬にまたがってレースを繰り広げるのだ。

しばらくお茶などをしていたが、そろそろトップがゴールに到着するという話を聞いて、観客席のほうに向かう。会場まで馬で来ている人も多いあたり、騎馬民族の国である。


何キロ先かわからない遙か遠くに、いくつかの点がうごめいている。それが段々と近づいてきて、徐々に馬と騎手の輪郭が見えてくる。少しずつ大きくなってくる足音。ばらけてはいるが、先頭集団は3頭ほどか。

残り数百メートル地点で、1頭がスパート! のこりの2頭が必死に追いすがるが、徐々に差が開いていく。どの馬も消耗しきっているが、最後の力を振り絞って走る。少年は懸命に鞭を打つ。地面から響くような観客の大歓声、そして拍手のなかでゴールイン。それは競馬というよりも、マラソンである。


次々と馬がゴールに入ってくる。中には途中で落馬したのであろう、騎手のいない馬や、最後はほとんど歩いている馬もいる。総力を使い果たした馬に、少年たちに惜しみない拍手が送られていたそのとき、水滴を感じた。雨だ。太陽も出ているのに、と思っているのも束の間、したたり落ちる滴はあっと言う間にスコールとなった。それは、彼らすべてを祝福するかのようだった。

5分ほどで神様のいたずらは終わった。振り返ると、二重の虹がほほえみかけていた。

2006年10月13日

●[はじめての… 9]モンゴル国 前編

帰国して3ヶ月も経って話し始めるのも何だが、改めて写真を見返してみると、「ホンマにこんなとこにおったんかいな?」と思ってしまう。


今年はチンギスハーン建国800周年で、ビザが要らない。友達が行くという話を聞いて、思わず便乗してしまった。羽田から首都ウランバートルのチンギスハーン国際空港へ。ウランバートルは結構な都会なのだが、車で30分も郊外に出ればこの景色なのである。


広い。草原の緑、空の青、雲の白に影の黒。遊牧民の住むゲルに泊めてもらう。何キロ先まで見渡せているのかも、覚束ない。そして、7月は日照時間がとても長いのである。6時には明るいし、日が沈み始めるのは21時ぐらい。真っ暗になるのは23時過ぎ。

海外旅行の醍醐味は人それぞれだろう。私も、いままではごった煮なアジアの都市を回ることが多かった。それもそれで楽しいのだが、大自然のなかで何にもせず、ただぼーっとする、そういう楽しみもあるのだと月並みながらに思った。

2006年10月12日

●[東大三十六景 6]総合図書館屋上

屋上。それは少年のあこがれの場所。百貨店のエレベーターに燦然と輝く「R」のボタン。押せば広がる夢世界。(Rってroofの略なんですよね。知らんかった)

なーんてことはないけれども、屋上って今でも楽しい気がする。晴れた日の午後、米粒ぐらいのサイズにしか見えない周囲の人々を見下ろしながら、風を感じる。ましてそれが、立入禁止の場所であれば…。


赤絨毯でお馴染みの総合図書館だが、屋上に行けるのである。詳しい方法を書くとマネする人が出てくるので書かないが、写真を見てピンと来た人は試すといい。取材したのはもう4か月ほど前になるが、とても楽しいひとときであった。屋上と言っても建物の構造上、最上階が5階だったり4階だったりするので、ハシゴを使って上り下りしてみたり。なぜか庭園があったり。さながらスーパーマリオな一日だった。

私の住む寮も屋上があって、たまには夜空ってのも悪くない。近くにできたマンションのせいで、東京タワーが見えなくなったのが残念だが。

2006年10月09日

●きのしたより'06/10-vol.1 開戦


▲明日から本格的に勉強三昧か…と思いつつ、最後の休日を満喫しました。快晴のなか、不忍池(しのばずのいけ)を散歩。家族連れ、手をつなぐカップル、カップ酒のオッサン、グループのオバハン、そして私。

▼今日から断酒生活に入りました。「まあ、毎日酒を飲んでいるのは半分ぐらいキャラづくりのようなところもあるので、全然大丈夫やろ」と思ってたら、さっきGoogleで「酒」って検索していた私。

2006年10月02日

●[東大三十六景 5]ドーバー海峡?

奈良に帰っている間も週1回ペースで発表しなければ、全36回のシリーズが卒業までに終了しないとはわかっていたのだが、現在に至る。卒業まで26週。あと32回。もう1年学生やればええやん、というのはナシで。

「じゃあネタ探しやりますか」ということで、我が盟友Nと昼飯後に散策。今回の舞台は「ドーバー海峡」こと、農学部と工学部の間に架かる歩道橋である。地図でいうと、農学部1号館の右上にある横向きの直線にあたる。


▲根津駅方向を見つめる友人N。奥が農学部。下は言問(こととい)通り。

誰が名付け親なのかは知らないが、この橋は交通の要所である。これがなければ、農学部キャンパスに入る方法は正門以外になく、完全に別キャンパスとなってしまう。私たちが訪れた午後2時半頃も、橋を渡る人が絶えることはなかった。ポツポツではあるが。


▲階段をおりると、そこは農学部。

よく考えると、農学部に足を踏み入れたのはほぼ初めてではないか。小さな感慨に浸るものの、4限の開始時刻が迫ってきたので、わずか3分程度でドーバー海峡を引き返す我々。I'll be back to "England" again!

2006年10月01日

●[ばくちのち 12]ディープインパクトの周囲

ここでも何度か取りあげてきたが、ディープインパクト。今日の深夜にフランスで凱旋門賞が行われる。彼が歴史的な勝利を挙げるのか、NHKも地上波で中継するというのだから、大変な盛り上がりようである。

馬券の対象になっていないレースがここまで盛り上がるというのも珍しく、ギャンブルとしての競馬を逸脱しているが、結果はともかく、不安なことはいくつかある。

○負けた場合
1.民衆のテンションが下がる。特に、無意味に「絶対勝つ!」と思っている人が多いのが気がかり。何度も言うが、競馬に絶対はない。
2.経済効果に多少のマイナスがあると思う。
3.実は、日本の競馬界全体にはあまりデメリットがないと思う。また次がんばればいいのだ。オシムさんも失敗から多くのことを学べと言っておった。

○勝った場合
1.ディープインパクトは次に何を目標にするのか。ちょっと見当つかない。
2.競馬に絶対はあると誤解する人が多数生まれる。まあ、そう思っている人が多い方がJRAは潤うかもしれんけど。
3.実は、あまり日本の競馬界全体にはメリットがないと思う。生産者たちが「よーし、がんばるぞー!」と盛り上がるとは思うけれども、じゃあファンはどうなのだ。ハルウララなき後エスケープハッチと声高に叫ぶ高知競馬や、ずっと苦しい笠松競馬に足を運ぶ人が増えるもんかな…。

もはやここまで来れば、競馬のようで競馬ではない。別にディープ負けろって言ってるわけじゃないですよ、念のため。祝祭は祝祭として楽しむだけです。