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2006年10月27日

●[劇薬中毒 10]なんにもない、ということ

奈良に帰省していた折、あまりにも文化的なことがないので、普段はまったくやらない「DVDを借りてきて家で観る」というのをやってしまった。映画は絶対に映画館で、というモットーだったのだが、家で観るのも意外に悪くないと発見。以後、東京でもたまにやることにした。

というわけで最近観た4本が、
『恋は五・七・五!』(荻上直子監督、2004) 
『ホテル・ハイビスカス』(中江裕司監督、2002)
『シムソンズ』(佐藤祐市監督、2006)
『帰郷』(萩生田宏治監督、2004)
である。偶然にも、田舎を舞台にした作品ばかりであった。

色々観ていて思ったのだが、「地方」の描き方も様々である。『ホテル・ハイビスカス』は沖縄を舞台にした映画で、出演者も沖縄の人ばかり、ウチナーグチには字幕がつくという、地方色を全面に押し出した作品であるけれども、他の3作品はそうでもない。

共通するのは「田舎には何にもない」という認識を出演者(主人公?)が持っており、そこから話が始まるということだ。『シムソンズ』では加藤ローサ演じる主人公が、「常呂町には何もない!」というようなことを言っているし、『恋は五・七・五』でも、帰国子女の主人公が田舎町で鬱屈している様子が描かれる。『帰郷』でも、西島秀俊演ずる主人公が東京から何時間もかけて、知人や親族のいる「うざったい」田舎に帰るのだ。

しかし、ではその田舎が具体的にどんな田舎なのか、ということは、3作品で描き方に相違がある。『シムソンズ』は北海道常呂町を舞台にした実話の映画化ということもあり、北海道はこのようなところだ、というリアルな描写は『ホテル…』に似たところもある。しかし、『恋は…』の舞台が静岡であることは全国大会のシーンまでわからないし、『帰郷』に至っては最後までわからない(登場するJRの駅があった気がしたが失念)。そしてこの3作品、本当ならば田舎の人々が持っている「方言」がない。みんな基本的に標準語なのである。もちろん、加藤ローサに北海道訛りは技術指導的に無理であるという面もあるだろうが、『恋は…』と『帰郷』では、「特定の田舎ではない、どこか田舎」という設定をつくりだすために、意図的に方言を使っていないと思われる。

言葉の違いという大きな差を失った「田舎」は、どこか不思議な感じがして、ファンタジーのような仕上がりを生む。特に荻上直子監督は前作『バーバー吉野』でも寓話的手法を用いており、今回も「俳句甲子園」を題材にしつつ、単なるスポ根や恋愛ものにしなかったあたり、絶妙である。『帰郷』も子役の女の子が座敷わらしのようで楽しい。そして私はやっぱり、西島秀俊が好きなのだ。

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