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2006年10月19日

●[おいでー奈良 6]さいなら、また!

今夏実施した「おいでー奈良!」キャンペーンの総括をしておこう。記事は8/25で終わったが、そのあと友人および友人の連れてきたイギリス人青年を案内したり、自転車旅行の旅途中に寄ってくれたりと、色々ありました。拙いガイドをここで詫びておきます。

改めて奈良県の良さに気づいた夏ではあったけれども、別に奈良が日本のなかでも屈指の素晴らしい地域だ、と言うつもりはない。むしろ、大したことない部類に入ると思う。そもそも奈良公園の鹿だって、観光客誘致の一環で明治時代に連れてきただけやし。

しかし、この「大したことのなさ」が、京都のぎっしりと神社仏閣が詰まった旅に飽きた人には受ける、のかもしれない。その代表が、平城宮跡だろう。西大寺駅と新大宮駅という、奈良市いや奈良県でも有数の繁華街?の間にドーンと位置する空白。そこにあるのは公園というか、草原というか。最近でこそ朱雀門が復元されたり、平城遷都1300年を前にいろいろやっているが、やっぱりそれは「空白」でしかないと思う。しかし「開発しようと思ったらできるやろけど、まあええやん」という、奈良県の精神性の象徴とも言えるのではないか。

最後に、平城宮跡がラストシーンに登場する小説を引用して、このシリーズを終えたい。さいなら、また!

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 それから一週間してぼくは今度は大阪に出張したのだけれど、そこでも半日余った時間ができたので奈良の平城京の跡に行ってみた。平城京の跡は今ではただの公園のようになっていて何もない(周辺部には木が生えていて公園のように使われていたが、条理に区画された中心部には木も生えていなかった)。その何もないところに当時の再現のようにして南北二百メートル東西百メートルぐらいに仕切られた区画がいくつかあって、それが一メートル程度の高さに土が盛ってあり、ぼくはその上も歩いたが何もないことに変わりはなかった。
 平安京なら造られてからずっと人がそこで生きてきたが、平城京は何もなくなってただ条理の形跡を留めるだけの平らな土地が残された。夏草だけが生えた何もない地面を歩きながらぼくは、長い長い空白の時間を越えて平城京の時代に生きた人たちのざわめきが聞こえてくるような気がしたのだけれど、真紀さんはそれはやっぱりただの空白でしかないと言うのだろうかと思った。


コメント

あっ、それ以前読んだな・・・
近鉄電車から眺めたことは何回もあるけど、実際に歩いたことはあったのかな?
そんな記憶もあやふや。まあどっちでもいいかと思ってしまうけど。

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