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2007年01月24日

●[ばくちのち 20]打ち初め、そして展望

学校を昼に出て神保町をぶらついていたら、今日は大井競馬場でTCK女王盃だったことを思い出し、後楽園の場外馬券売場で100円だけ買う。ここの南関東場外には、マークカードで購入するのが一般的になったこのご時世には珍しい口頭窓口というのがある。「11レース、単勝で5番のアウスレーゼに100円!」と言って購入。そして帰宅。砂嵐の混じるMXテレビを観る。外れる。そんな打ち初めであった。

そう、去年は収支をつけようと思って結局途中からおざなりになってしまったのだ。結構負けた気がするが、そもそもあんまり行ってないので、ひどいことにはなってない(と思う)。浅田次郎は「トントンだったな…と思う年は結構負けていて、結構負けたなと思う年は相当ひどく負けている」と言っていたが。

とりあえず、応援馬券を含めて今年はきちんと収支をエクセルでつける。過去には記録していたときもあって、別に今年がはじめてというわけではないのだが、それぐらいは守ることにしよう。特に、4月以降学生という枠から外れたらネットで券購入をすることになるかと思うので、要注意である。

今年の公営ギャンブル界の展望をしようと思ったけど、またこんど。

2007年01月22日

●[飲みの系譜 7]アル中廃業

最近まったく酒を飲んでいない。元旦に実家で軽くビールと日本酒を飲んで以来、まったく飲んでいない。年明けから五指に余る飲み会を断り、さらに人と会う用事すべて断っているのは申し訳ないのだが、おかげで勉強のほうは、まあまあ進んでいる。みなさんすみません。

3週間一滴も飲まないというのは、恐らく大学に入ってから初めてだと思うが、別に禁断症状が出るともなく、快適である。昨年断酒しようとしたときには早々風邪を引いてしまい「結局、酒を飲んでいるほうが体調がよいことがはっきりしました」などとここにも書いたが、やはりそんなことはなかった。毎日飲むのも所詮キャラづけの域を出ず、にせアル中(にせアストラみたい)は廃業だな、これは。

酒を飲まなければ、時間ができるしお金は使わないし、なんかいいことばかりである。年末年始で太ってしまった分、最近は毎日1時間以上歩くようにしているのだが、それがさらに健康を促進させている。

しかし一番気になるのは、今まで「飲まなければいい人」だったのに、このままでは単なる「いい人」になってしまうのではないか、ということだ。まあ、いい人にも種類がある。「そろそろいい人を見つけて、あんたも…」とか「いい人なんだけど、ね…」とか。たぶん後者だと思うが、選択肢に挙がるだけでも進歩か。

******

「一度アルコール依存症になってしまうと治療は難しく、根本的な治療法といえるものは現在のところ、断酒しかない。しかし本人の意志だけでは解決することが難しい為、周囲の理解や協力が求められる。重度の場合は入院治療が必要な場合もある。但しそれでも完治する事はなく、断酒をして何年・十何年と長期間経過した後でも、たった一口酒を飲んだだけでも早かれ遅かれ、また以前の状態に逆戻りしてしまう。そのため、治療によって回復した場合であっても、アルコール依存症者が一生涯断酒を続ける事は大変な困難を要する」(wikipediaより)

2007年01月21日

●[東大三十六景 9]サクラサクか


きのう今日とセンター試験だったのだが、散歩がてら門のところまで行ってみた。開いていたら図書館で勉強するところなのだが、入構制限で入れないわけである。

普段から注意してセンター試験を見ているわけでもないけど、今年は「サクラサク」というピンクのゼッケンをつけた人が駅から東大にかけて、やたらとうろうろしていた。何かと思ったら、どうもこれのようである。商店会が企画したものらしい。そんなことしてメリットがあるんだろうか…。っていうか、本郷三丁目の駅から正門までって徒歩10分もないと思うんやけどなぁ。歩けよ受験生!!

ところで、こっちのニュースにも書いてあるけど、ここの商店会の会長さんは、大學最中でおなじみの三原堂さんである。会長さんのコメント中、「センター試験のために来る人『も』、本郷を覚えておいてもらえればうれしい」とあるように、本番は二次試験なのだろう。気楽なもんです。

2007年01月20日

●[東大三十六景 8]しょこたんけんき

全36回のはずなのにまだ8回目。このままでは卒業までに絶対終わらんではないか。週3回ぐらい書かないとまずい。うーむ…。まあネタは半分ぐらいはたまっているので頑張る。

さて、今回はしょこたん…、ではなく書庫に行ってみた。総合図書館書庫。東大生しか入ることのできない、知る人ぞ知る最強のダンジョンである。ぜひ挑戦してほしい。


受付をして、荷物を預けて入るとそこは迷路。地下含め全部で8階層(だったと思う)の暗黒である。写真はフラッシュの加減でほとんど見えないが、実際暗い。歩いているところの上の蛍光灯が自動でつくのだが、これがまた不気味である。

朝っぱらに入ると、ほとんど人はいない。そして、上層階に行くとさらに人はいない。正直怖い。しかし、ここは蛍光灯がついているぞ?誰かがすぐ前に通った証拠である。すると、後ろから「カッ、カッ、カッ」という足音がだんだん迫ってきて…キャー!!という黄色い声を出すまもなく口を塞がれ「おとなしくしろ、さもないと、」と腰に何かを突きつけられ、

ということにならないように、入り口で防犯ブザーまで貸し出してます。

2007年01月17日

●うわ!ぱりぱりやん!

「コクがあるのにキレがある」という言葉の意味がやっと今日わかった。というか、今日までこの単語の意味をロクに考えたこともなかったんだが、少し考えて自分なりに定義した。

語源がどうとかいう話は別として、
要するに「コク」=こってり、「キレ」=さっぱり、なんじゃないかと思う。そりゃコクがあるのにキレがあったらおかしいよな、天下一品よ。

むかし清水義範の短編小説「インパクトの瞬間」で、この問題が書かれていたと思うが、そのときは確か、コクは料理用語でキレは野球用語なのに…云々という面白い話になっていた。笑えるのでぜひ読んでみてください。

と、宣伝はこれぐらいにしておいて、結局じゃあ「こってり」と「さっぱり」って何なのか?「Kotteri」と「Sappari」、ローマ字にしても「Sappari」はSapporoに似ているぐらいしかわからん。あるいはa音が爽やかさを生むのか?やっぱり、きっぱり、すっぱり、でっぱり、ぱり、ぱりぱり!

2007年01月15日

●[おしえて!仏教 7]ホントの仏教入門

全然勉強が足りていない私であるが、それでも形式的には?インド哲学仏教学研究室に所属しておるわけで、友人連中から見れば仏教界代表なのである。ということで、ここ半年ほど「一番良い仏教の入門書は何か?」というのを考えているが、これがなかなか難しい。

とりあえず手元にあるのは、岩波文庫『ブッダのことば』(中村元・訳)である。これはインドの初期仏教の経典「スッタニパータ」の訳であり、後に経典が整備されていく前の、ブッダ自身のナマの語りが見えてくるという意味では必携であるが、
1.注釈が本の半分以上を占め、とっつきにくい
2.これを読んでも日本の仏教との関連性はまったくわからん
という難点を持つ(いや、それでも必読ですよ)。なので、何か歴史的なことがわかった方がいいのではないかということで、私が持っているのは、PHP雑学3分間ビジュアル図解シリーズ『仏教』(末木文美士監修)である。「入門書の決定版」とまで銘打っているこの本であるが、確かにわかりやすい。書いているのが研究室の先輩で、監修してるのがうちの教授なので、バリバリ宣伝になるけど、僕は3年の頃よく読んでいた。

けど、これも微妙な気がするのは、「仏教入門」というよりは、「仏教思想史入門」ではないか?ということである。(大学などで)仏教を学び始めた人には最適だと思うが、全然関係ない日常で、ふと仏教のことが知りたくなったときに手を取る本か、と言われると微妙である。

ただ、各宗派が書いた本はその宗のことしか書いてなかったり、ときにウソがあったり、怪しいこともある。というわけで、しばらく仏教入門書研究をします。目標は、グーグルで「仏教 入門」で検索したらヒットすることやな、とりあえずは。

2007年01月14日

●[めんどくさい 5]けいたいでんわ、その後

久々にめんどくさい話を書こうと思ったら、前も携帯電話の話だったことに気づいた。まあいい。

最近自分の勉強に忙しいので、携帯電話を部屋に置いたままで学校に行っている(今もそうだ)。不携帯電話である。これが非常に爽快である。いちいちメールが来てるかどうか気にする必要がないし(気にすることができない)、なんとなく勉強をさぼってezwebとかやらなくて済む。今日の競馬の結果を気にしなくて済む。突発的な飲み会に誘われなくて済む。結局、ほとんどの用事は別に急ぎでも何でもなく、部屋に帰ってからメールを返事すれば十分なのだった。ビバ、誰にも振り回されることない生活。

もっとも、携帯電話を持っていても、無視すればいいだけなのである。が、私はそれがとても苦手である。基本、我慢ができない性分なので、こまめに見てしまう。そして、携帯電話を無視するスキルを身につけるべきなのかどうか、よくわからん。

まあ、人と会う約束がほとんどない今しかできないのだろうが、しばらくこんな感じです。119ができないとか(あの日はバイトで偶然持っていた)、写メールができない等の難点はあるけど、この爽快さには勝てない。

2007年01月13日

●[ばくちのち 19]雪に願いを

J-WAVEを聴いていたら、ニュース番組にソフトバンクプレイヤーズの人が出演していて、ばんえい競馬問題についていろいろ質問されていた。世間の注目も薄れたあたりで番組をやるあたり、渋いFM局である。

会社の方がしきりに言っておられたのは「全員参加型」の競馬である。詳細はまだ言えないらしいが、競馬関係者も、ファンも、みんなが参加できて楽しめるスタイルということである。まあ、とてつもなく面白いアイデアは期待してない。

むしろ、馬券のネット(および電話投票)販売の比率向上に期待したい。JRAが5割近いのに対して、地方競馬は平均2割だとか。要するに、潜在的な馬券購買需要はある、という読みなのである。それはその通りだろう。

あと気になったのは、「あくまでビジネスだから」と何度か言っておられたことである。まさにその通りで、彼は悪くないのであるが、キャスターは「北海道の文化遺産ですから、ぜひ残していきたいですね」という旨のことを言っていたので、リスナーが何となく心証を悪くした可能性大である。

私はそうは思わんが、まあ百歩譲って「北海道の文化遺産」だとしても、その理由として「世界でも北海道でしかやっていない」と声を大にして言うのはいただけない。「世界中でやってたけど今は北海道だけ」というならその主張も通るだろうが、もともと北海道だけなのである。それが貴重な遺産になるには、全然関係ない人から見ても「すごい!」と思えるような何かがなければならない。農耕馬の力比べに、そこまでのもんはないやろ。

まあ、そんなこと言いつつ、2月か3月に帯広行けないかなぁと画策中。

2007年01月10日

●[はじめての… 11]119

夕方。10mほど前に、バスターミナルを横切って駅へ向かおうとする女性がいた。迂回する左手の信号は赤やし、まっすぐ行った方が早いよな…と思ったその矢先。

左手からタクシーがターミナルに入ってきて、女性に接触。私は下を向いていたのだが、急ブレーキと「キャー!」という悲鳴で前を見た。倒れ込む女性。一瞬何が起こったかと思ったが、駆け寄る。運転手が降りてきて、女性に話しかける。意識はあるようだが、動けないよう。
「救急車、」と言いかけた私。
「お願いします」と運転手。
携帯を出して、ちょっとだけ110か119か迷い、発信。人も集まってくる。タクシーの乗客のうち1人が、女性を介抱している。外傷はないし、大事には至ってないだろう、こんなときは落ち着かなくては、と思いつつも、さすがに手が震える。タクシーの右ミラーがへしゃげている。

出先だったので、場所の説明に手間取る。「ちょうどいま、救急車がそちらに向かいました」どうやら、集まって来た方の誰かが機転を利かせて、一足早く電話していたようだ。交番が交差点の向いにあって、警察の方が先に来る。私が状況を多少説明したら、第一発見者ということで氏名と連絡先を訊かれる。

そこから2、3分と経たずに救急車は来たのだろうが、実感としてはとても長かった。少し離れた場所に停まった車を誘導する。女性を乗せて、車は発進。「すみませんでした」と、憔悴した老運転手。

*****
再現するとこんな感じなのだろうが、切羽詰まっていたので定かではない。最低限のことはやった気がするが、もっとできたこともあろう、という気もする。そして、私があの場所に到着するのが15秒早かったら、事故に遭っていたのは私だった。

2007年01月07日

●[ググるな危険 7]wikiの方が間違ってないか?

正月から一休さんの和歌を引用したばっかりに、変な事件に巻き込まれてしまった。その続報。

学校の図書館で勉強する合間に、ウィキペディアに書いてあった出典、『狂雲集』を確認したのだが、

そんな和歌はどこにもない

のである。どういうこっちゃ。
そもそも、狂雲集は全編漢詩なんだから、和歌などあるはずがない(と、思う)。なんだかんだで1時間ぐらい熟読してしまい、さらには版が悪いのかと思い、中央公論社の『大乗仏典』シリーズに入ってるやつと、岩波の『日本思想体系』のやつと両方読んだ。ない。うーむ。

wikiがミスをしている可能性もある。まあ、そんなもんだ。私も明らかな間違いを修正したことがあるし、wikipediaはみんなが見て修正するから、結局のところ百科事典よりも信頼度が高くなる、という理論でやっているのである。この辺の話はまた次回。

とりあえずこの和歌に関して考えられるのは、
*『続・狂雲集』のほうに入っている?(でも続も漢詩オンリーやったと思うんだが)
*『一休仮名法語』などの別作品に入っている
あたりか。また調べます…。

余談だが、私が読んだ柳田聖山訳の『狂雲集』はとてもよかった。現在手に入りやすい中公クラシックス版ではどうなってるかわからんけど、上記の中公版は一休の一人称が全編「ボク」になっていて、ちょっと面白い。「風流」さえ「ダンディー」と訳すなど、柳田ワールド入りまくりで、本人の意図とは関係なく面白い。一休がそもそも書いている内容も淫らすぎて、さらに面白い。ぜひ。

2007年01月06日

●マイミクの皆さん、年賀状です!

東京に戻ってみたら何通か年賀状が来ていた

年賀状を作る。結局なんだかんだで凝ってしまう

4枚しか来てなかったが返事含め13枚書く、今日出す

学校から帰ってきたらまた6枚来ていた。しかも13-4=9人とまったくかぶってない…

というわけで、私に年賀状を出した人は、同じレイアウトのものが届くと思われるので、それを楽しみにしたいのであれば下をクリックしないでください。すんません。

木下修司の年賀状2007

ほんとは微妙な色彩・コントラストの調整をしたかったけど、めんどくさいのでナシ。鉛筆、サインペン、万年筆、印のスキャンおよびPhotoshopでの加工って感じです。お前は勉強が忙しいんじゃなかったのか?というツッコミはなしで。今読んでるサンスクリット語文献にも書いてある!「儀礼や祭式は捨てるべきだが、それなりに意味はある」って。

2007年01月03日

●きりんさんが、好きです。

年末は怒濤の忘年会ラッシュで、20-27日で13回もあった。我ながら人気者だとおもう。もうこのままみんなに愛されて、愛されて、マスコットになるしかない。ファシズムも夢じゃない。そして最高の社会をつくるんだ!飲み会に行かない奴は原因不明の心臓発作で死んでいくんだ!ライト!リューク!

という狂騒の反省をもとに、1月はすべての飲み会をキャンセルする覚悟です。3日間ですでに4つ断ってるぞ。どないなっとんねん。俺はお通しか? 枝豆以上、ナンコツ未満な人生。

そして久々に太ってしまった。普段は飲んだら食べないのだが、この忘年会ラッシュは相当喰った上に、帰省して実家で喰いすぎた。明日から東京です。

2007年01月02日

●[ググるな危険 6]正月早々間違えた!

きのうの一休さんの和歌、引用が間違ってた。「正月」ではなく「門松」である。指摘してくれた我が父ありがとう。

しかし、どうして間違えたかを考えると、少し問題は深刻である。原因は2つ、
1.最初にこの歌を見た中学生(小学生?)ぐらいのときから、ずっと「正月」だと思っていた(たしか、漫画のついてあることわざ辞典か何かの欄外に書いてあった記憶がある)。
2.作者を一応確認しようと思って「正月は冥土の旅の一里塚」とググったら、800件ほど出てきたので、大丈夫だと思った。

1は自己責任として、問題は2である。この場合「門松」という正解を知らなかったので、800という数字に妥当性があるのかどうかは、カンである。

試しにGoogleで検索してみると、
「正月は冥土の旅の一里塚」880件
「正月は冥土の旅」223件
「門松は冥土の旅の一里塚」661件
「門松は冥土の旅」9580件
となる。「正月は冥土の旅の一里塚」が多いのは、もともとヒット数が少ないものを長い文字列にしていくと、検索の曖昧容認度があがっていくためと思われる。

ネットの記載事項が正しいかどうか、というのは、多数派か否かで判断するしかない。だが、間違った引用をさらに孫引きすることもあるから、多いから必ず正しいとも言えない(私も反省すべきだが、ブログに書く人に限って、記載事項をネットで検索する傾向にあると思う)。しかも、引用どうこう抜きにしても、上記のように「~一里塚」まで検索すると、検索エンジンの仕様で、正解と不正解の数が逆転してしまう。

要は原典にあたれ、ということなのだろう。そういう私も、出典の「狂雲集」を見ていないので、自分が間違っていたとまだ断言できない。

まあ、書物というのは昔から伝言ゲームの性格を持つ。専門柄、仏教経典のサンスクリット写本や漢訳を見る機会があるが、書き写すにつれてどんどん間違えていくから、版によって微妙に違う。だから、どれが「正しい」かを検討して確定していく「校訂」という作業が、現代の研究においては重要になっているようだ。

なんとなく怖いのは、ネットの速度をもってすれば、あらゆるものが恐ろしいスピードで「間違っていく」のではないかということである。以下、原典確認してから次回。

2007年01月01日

●やぁ

正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし (一休禅師)

「おとうちゃん、どこに行くの?」
「冥土の旅だよ」
「メイドの旅?」
「そうだ、メイドの旅だ」

というわけで、2007年メイドの旅にいってきます。

今年の目標は、なんにもしないことです。あんまり、なにもしません。

手始めに年賀状書いてません。ごめんなさい。