●[ググるな危険 6]正月早々間違えた!
きのうの一休さんの和歌、引用が間違ってた。「正月」ではなく「門松」である。指摘してくれた我が父ありがとう。
しかし、どうして間違えたかを考えると、少し問題は深刻である。原因は2つ、
1.最初にこの歌を見た中学生(小学生?)ぐらいのときから、ずっと「正月」だと思っていた(たしか、漫画のついてあることわざ辞典か何かの欄外に書いてあった記憶がある)。
2.作者を一応確認しようと思って「正月は冥土の旅の一里塚」とググったら、800件ほど出てきたので、大丈夫だと思った。
1は自己責任として、問題は2である。この場合「門松」という正解を知らなかったので、800という数字に妥当性があるのかどうかは、カンである。
試しにGoogleで検索してみると、
「正月は冥土の旅の一里塚」880件
「正月は冥土の旅」223件
「門松は冥土の旅の一里塚」661件
「門松は冥土の旅」9580件
となる。「正月は冥土の旅の一里塚」が多いのは、もともとヒット数が少ないものを長い文字列にしていくと、検索の曖昧容認度があがっていくためと思われる。
ネットの記載事項が正しいかどうか、というのは、多数派か否かで判断するしかない。だが、間違った引用をさらに孫引きすることもあるから、多いから必ず正しいとも言えない(私も反省すべきだが、ブログに書く人に限って、記載事項をネットで検索する傾向にあると思う)。しかも、引用どうこう抜きにしても、上記のように「~一里塚」まで検索すると、検索エンジンの仕様で、正解と不正解の数が逆転してしまう。
要は原典にあたれ、ということなのだろう。そういう私も、出典の「狂雲集」を見ていないので、自分が間違っていたとまだ断言できない。
まあ、書物というのは昔から伝言ゲームの性格を持つ。専門柄、仏教経典のサンスクリット写本や漢訳を見る機会があるが、書き写すにつれてどんどん間違えていくから、版によって微妙に違う。だから、どれが「正しい」かを検討して確定していく「校訂」という作業が、現代の研究においては重要になっているようだ。
なんとなく怖いのは、ネットの速度をもってすれば、あらゆるものが恐ろしいスピードで「間違っていく」のではないかということである。以下、原典確認してから次回。
