« きりんさんが、好きです。 | メイン | [ググるな危険 7]wikiの方が間違ってないか? »

2007年01月06日

●マイミクの皆さん、年賀状です!

東京に戻ってみたら何通か年賀状が来ていた

年賀状を作る。結局なんだかんだで凝ってしまう

4枚しか来てなかったが返事含め13枚書く、今日出す

学校から帰ってきたらまた6枚来ていた。しかも13-4=9人とまったくかぶってない…

というわけで、私に年賀状を出した人は、同じレイアウトのものが届くと思われるので、それを楽しみにしたいのであれば下をクリックしないでください。すんません。

木下修司の年賀状2007

ほんとは微妙な色彩・コントラストの調整をしたかったけど、めんどくさいのでナシ。鉛筆、サインペン、万年筆、印のスキャンおよびPhotoshopでの加工って感じです。お前は勉強が忙しいんじゃなかったのか?というツッコミはなしで。今読んでるサンスクリット語文献にも書いてある!「儀礼や祭式は捨てるべきだが、それなりに意味はある」って。

コメント

そのサンスクリット語文献も、また引用のしかたも、まさに日和見そのものだ。
本当に「捨てるべき」なら「意味」があろうがなかろうが、どうでも良いではないか。
まぁ、それを書いた人は、「儀礼や祭式は捨てるべき」という風潮の中で、それに抗して「それなりに意味はある」って言おうとしたんだろうけど、その「それなりに意味はある」って部分だけを都合よく利用せんとは牽強付会の極み。
そもそも、どういう人がどういう文脈で(そして当然、どういう文献の中で)そういうことを書いているのかをまったく説明せずに、「今読んでるサンスクリット文献にも書いてある」って、どういう権威主義だよ?
そんなら俺も言うけど、「儀礼や祭式は『捨てる』ことに意味があるのだから、やるのであれば採算を度外視して徹底的にやりぬけ」と、いま読んでる仏語文献に書いてある。
こっちは割と良い邦訳が出ているわけなんだが、何の文献かはわかるよな?

まぁ、安心してくれ。
少なくとも脱稿までは、これ以上の蕩尽を要求するつもりはないよ。

そう、まさに日和見そのもので権威主義なわけだが、そのふりをすると面白いかなぁと思ってみたわけです。質が悪かったか。

そして、その仏語文献はわからない上に、改めて見てみると、直接的には「それなりに意味はある」とは書いてなかった。こっちも和訳が出てて、それも参照してたんやけどね…すみません。

細かい文脈の話は、まあ、今度会ったときにでも。

質が悪いかって?
アホぬかせ、お互い、いつもどおりじゃないか。
ちょっと傷つきやすすぎるようだが、大丈夫か?

引用した仏語文献はバタイユの『呪われた部分』で、ここで「捨てる」とは、有用性のあるものを無益に蕩尽する様を言う。
いつぞや読んだ事があるだろうよ。

まぁ、あれは、この時期に思い出すと害のある内容だから(まだ先のある身だろうからね)、同じく、詳しくはまた今度だ。

大丈夫です…。

おお、バタイユ。いつぞや読んだな。ではまた今度だ。

コメントする