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2007年02月25日

●[東大三十六景 14]段さ有り

赤門と正門のあいだの通路には50mおきぐらいに突起があり、自転車にのっていると少し厄介なのである。これは車がスピードを出せないように、だと思うのだが、そこにあるのがこの看板。


「段差有り」が普通だと思うが、2カ所だけ「段さ有り」なのだ。これは何なのか。なんとなく、漢字ひらがな漢字ひらがな、がいいと思ったのかもしれないが、有「り」は活用で、「さ」は明らかに単語「差」だから変である。それに、段差って段のほうが字としては難しくないか?「だん差」がないぐらい、「段さ」もないと思う。


まあ、いろいろ言ってても、段差が存在して機能しているという事実は変わりない。なによりも、誰もこの看板に突っ込みをいれないことが、それを示している。

2007年02月24日

●[東大三十六景 13]Capo Pellicano

医学部の新しい研究棟の上に、イタリアンの店があるのだ。「カポ・ペリカーノ」。ランチも1000円しない、手頃なところである。まあそうは言ってても、普段昼飯は300円以内に収めるよう頑張ってるんだが。

ちょっと奮発して、ひとりでパスタなんぞを食べてみる2月の土曜。
パン、サラダ、コーヒーもついてくる。


探したらブログがでてきたけど、何でも西麻布にあった店が移転してきたらしい。うーむ。これは西麻布スタイルか。そりゃちょっと敷居が高いわけだ。まわりのお客さんも、なんか教授とか教授とか教授とかに見えてくる。

前に来たときは、イタリアンやのになぜか「おおシャンゼリゼ」が流れていたり、明らかにハーフっぽいのにものすごい日本語達者なおねえさんがいたりと不思議さ満点だったが、今回はそんなこともなく、いたってふつうにパスタを堪能したのであった。


窓際の席からは上野の景色が、店を出て反対側のラウンジからは本郷界隈の景色が見える。たまにはそういうのも悪くないと思うのですよ。

●干すトランクス

▼さて、しばし休んでました。飲んでばっかりいると何もできないし、一日遠ざかるとさらに遠ざかる。まあそれだけです。

▼新居決まりまして、会社のある横浜市内某所です。この際ついでに同居者も募集したい。引っ越しましたハガキつくろうと思うんで、ほしい人は住所をメールされたし。

▼あさってから10日ほどインドに旅行するんですが、このままやとほんとに三十六景おわんないですね。まあ、それは、そのとき。

2007年02月05日

●[東大三十六景 12]これは何だ?

これは何なのか。

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2007年02月02日

●[東大三十六景 11]さよなら駒場寮

今日は本郷から駒場に目を移す。駒場キャンパス、というのは目黒区にあって、1,2年生および教養学部の3年生以上が過ごすキャンパスである。昨年秋から、ここの一角に生協やら食堂やらがリニューアルされた一連の建物ができて、そっち側だけ見ていると東大にはとても見えないのである。


このあたりはもともと有名な「駒場寮」があったところなのだが、私が入学した2002年には既になかった。当時を知る学生、というのもどんどん減っているのだろう。

写真には見えないが、右手のほうにいちおう駒場寮の柱がモニュメントのように残されている。しかし、誰が残そうと発案したのだろうか。別に残さなくても駒場寮があったという事実は消えないのに…。

独立行政法人とやらになって、やたらと校内で工事がなされている。三十六景も、新しいものと古いものと変なものとを縫うように描かれる。

2007年02月01日

●[東大三十六景 10]三四郎池・謎の石

しばらくお休みしていました。今月は基本的にこのコーナーしかやらないつもりです。

さて、11月ぐらいに取材していたぶんをはき出す。今回は東大随一のなごみ系スポット、三四郎池のうえの方にある謎の石である。「うえ」と言うと浮いているみたいだが、三四郎池周囲の道は迷路のようになっていて(そのうち図を書いてみたい)、そのなかで一番高いところにある、という意味での「うえ」である。一番低い地点とは数メートルの高低差がある。


さて、夜も暗くなってから行くと、ここで愛を語り合うカップルなどがいるのであるが、この左にある石、どうやら台座のようである。また漢文。


えーと、天保の癸巳というと1833年になるようである。つくられた経緯がわからない仏像がいろいろあって、それを積むための石がこれである、らしい。しかしながら、現在また仏像はない。たぶんこの辺りの経緯はこの本には書いているのではないかと思う。興味ある人は見るべし。

ちなみに、この愛を少し語る場は、夏はお勧めしない。蚊がうるさい。