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2007年02月25日

●[東大三十六景 14]段さ有り

赤門と正門のあいだの通路には50mおきぐらいに突起があり、自転車にのっていると少し厄介なのである。これは車がスピードを出せないように、だと思うのだが、そこにあるのがこの看板。


「段差有り」が普通だと思うが、2カ所だけ「段さ有り」なのだ。これは何なのか。なんとなく、漢字ひらがな漢字ひらがな、がいいと思ったのかもしれないが、有「り」は活用で、「さ」は明らかに単語「差」だから変である。それに、段差って段のほうが字としては難しくないか?「だん差」がないぐらい、「段さ」もないと思う。


まあ、いろいろ言ってても、段差が存在して機能しているという事実は変わりない。なによりも、誰もこの看板に突っ込みをいれないことが、それを示している。

コメント

  みんなが「気つかない」ということは、すでにこの看板は「記号」として機能してるとみてよろしいのでしょうか?

  つまり、何も考えずに見ても「段差がある」ということが自明となってると・・・。

パッと見て不自然とも思わず、誰もが即座に意味を解し、さほど気に留めることもない。
ちょっと考えれば、本当はこんなに変なのに……。

というのが記事の趣旨でしょう。
だったら、それをわざわざもう1度ひっくりかえして「すでに記号として機能している!」……なんて発見は無意味でしょ。
そこで気付いちゃった人間の感じる違和感を大事にしながらコメントを付けるべきなんじゃないかな。
ねえ、知求人くん。

それはそうと、上の写真の「段『さ』有り」と、下の写真の「段『差』有り」とを見比べてほしい。
上の看板の方が横広で寸詰まりでしょ。
だから、縦方向に詰まりがちな「差」の文字が敬遠されたんじゃないかな。
ではどうして「あり」ではなく「有り」なのかというと、やはり「なんとなく、漢字ひらがな漢字ひらがな、がいいと思ったのかもしれない」ね。

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