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2008年05月31日

●部屋と薬師寺と私

私がもっとも苦手とするのはパブリックとプライベートの切り替えで、そういうスイッチみたいなのがオプションでつけられたらいいのにな、と思う。なんか人生というものが、もっちゃりとしたお好み焼きのようにどーんと鎮座している。

それはさておき先週に薬師寺展に行ってきた。日光菩薩と月光菩薩(入力したら学校菩薩にされた、それぐらい変換してほしい)とが奈良から来ていた。光背がなくなって横から後ろから見られるというのが話題になっていたが、まあ横から見たら超感激的になるわけでもなく、それで世界が平和になるというわけでもない。そしてまた肝心の薬師如来は奈良に残っているわけで、それは2010年のお楽しみ、ということか。がんばれJR東海、がんばれ奈良県。

2008年05月18日

●明かされる木下修司事務所の真実

どうもこんにちは、木下です。
どうしてこのブログは「木下修司事務所」という名前なのかということについて話します。
事務所の所長は私、木下です。
そして、メンバーは私、木下ひとりです。某劇団と同じですね。

まあ、ここまで書けばおわかりかと思います。
すでに飲み会などでは幾度となく話しているのですが、近いうちに事務員を募集したいと思います。
当たり前ですが、事務員を「雇う」わけで、それなりに報酬は出します。たぶん。

なんとなくのイメージしかない状況ですが、ここがもっと色々な人にとって面白い場になればいいなと思っていまして、来年明けぐらいにそれを実現したい。

別にそれを今日発表してどう、ということはないのですが、まあこれでひとつ踏ん切りはついたということで。

木下ひとりでした。

2008年05月11日

●渋谷に死す・第2話

お葬式に出た。

とは言っても身内に不幸があったわけではない。父が仕事でお世話になった方が亡くなったので、その代理である。社葬ということもあって、都内の名刹でとりおこなわれた。

受付でカードのようなものを書いたのだが、亡くなった人との関係を○で囲むようになっており、そこには「会社」「親戚」「友人」などいくつかの項目が並んでいた。

式の帰りに、自分が死んだらどうなるかを考えた。来てほしい人はいろいろいて、この人とこの人には連絡するようにだとか、もう携帯のメモリー全送信でもいいんじゃないかとか考えてみたのだが、途中から面倒になり、もう別に適当でいいや、と諦めた。

小学生の頃、死ぬのがとても怖かったのを思い出した。当時は真剣に1999年7の月で世界が破滅すると信じており(わたしの周囲にはそれが怪しいことを論理的に説明する人はいなかった)、どうすればそこから逃れられるかと、学研の「科学」などを読みながら真剣に考えていた。

当時読んだある絵本作家の本をよく覚えている。Q&A方式の本で、「死ぬのが怖い」という問いがあった。そこに書かれていたのは「年をとって死ぬのが怖くなくなったときに人は死ぬらしい」だとか、およそ本質的ではない回答で、ああもうこれはどうしようもないのだな、と軽く絶望した記憶がある。今読んだらどう思うのだろうか、少し気になる。

死後について考えるなと言ったのは仏陀であった。
しかし、物事にはタテマエと本音というものがあろう。

2008年05月10日

●渋谷に死す・第1話

メガネをなくした。

日吉で飲み過ぎ、渋谷行きの各停で帰ったところぐらいまでは記憶しているのだが、気がつくと渋谷と思しき都会の真ん中にいた。駅構内、などではなく、どこかの坂にいた。そしてメガネがなかったので場所を確認することもままならず、タクシーで帰った。2000円もかからなかったので、やはり渋谷だったのだと思う。

記憶はある程度復元できる。PASMOの出場履歴を見ると、やはり渋谷で出ていた。東急渋谷駅の忘れ物窓口で、メガネを探してもらう。簡単に特徴を話す。「色が違うんですけど、きのう夜に1つお届けがありまして、ご覧になりますか?」と言われたので、ダメモトで「はい」と答える。やはり違った。

そのおねえさんはいわゆるメガネ萌えな人で、私はもう少しで「じゃあ、あなた(のメガネ)をください」と言うのをこらえ、東急渋谷駅を後にした。今日も変質者にならずにすんだ。

2008年05月04日

●GW 05-09/11 無題

気がつけばGWもあと2日。ここ数日はいろいろな人に会い、喋り、飲み、そして幾多の名言が夜空の星となった。

やりたいこと、やるべきことは例によって例のごとく水に流れた。まあしかし、そんな時もある。
本当にやるべきことというのは、改めて「やるべきこと」と認識していないすべての事柄なのだから。

たまには飲まずに仕切りなおしてみる。