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2008年05月11日

●渋谷に死す・第2話

お葬式に出た。

とは言っても身内に不幸があったわけではない。父が仕事でお世話になった方が亡くなったので、その代理である。社葬ということもあって、都内の名刹でとりおこなわれた。

受付でカードのようなものを書いたのだが、亡くなった人との関係を○で囲むようになっており、そこには「会社」「親戚」「友人」などいくつかの項目が並んでいた。

式の帰りに、自分が死んだらどうなるかを考えた。来てほしい人はいろいろいて、この人とこの人には連絡するようにだとか、もう携帯のメモリー全送信でもいいんじゃないかとか考えてみたのだが、途中から面倒になり、もう別に適当でいいや、と諦めた。

小学生の頃、死ぬのがとても怖かったのを思い出した。当時は真剣に1999年7の月で世界が破滅すると信じており(わたしの周囲にはそれが怪しいことを論理的に説明する人はいなかった)、どうすればそこから逃れられるかと、学研の「科学」などを読みながら真剣に考えていた。

当時読んだある絵本作家の本をよく覚えている。Q&A方式の本で、「死ぬのが怖い」という問いがあった。そこに書かれていたのは「年をとって死ぬのが怖くなくなったときに人は死ぬらしい」だとか、およそ本質的ではない回答で、ああもうこれはどうしようもないのだな、と軽く絶望した記憶がある。今読んだらどう思うのだろうか、少し気になる。

死後について考えるなと言ったのは仏陀であった。
しかし、物事にはタテマエと本音というものがあろう。

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