« ナルヨウニナル | メイン | OutBox »

2008年06月26日

●けんかはからっきしでも、三級品でも

「ナルヨウニナル、シンパイスルナ」という言葉について改めて考えていたのだが、これは決して「ヘラヘラ生きろ」とか「考えるのをやめろ」ということを言っているのではない、ということに気づいた。

まず、「ナルヨウニナル」という部分だが、これは一般的には主体性の放棄と解釈される。しかし、ここは字義どおりとれば「成したことには成したことなりの結果が伴う」となるのではないか。

そして、その意味から「シンパイスルナ」に思考を延長すると、「ひとりで心配していても何も始まらないから、何事かを成せ」ということになると思う。

当時の「心配」の意味が現在と同等なのかは検討の余地があるが、とにもかくにも、一休はどこまでも愛すべき存在であるとおもうのです。

コメント

「果報は寝て待て」に似ているのかな?

http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo37.htm
なるほど、そうやね。

コメントする