●別にどうということもなく
25になった。
と言っても、自分が生まれたときの記憶があるわけでもないし、1983年と2008年の7月18日に符号以外の共通点はない。
ちょうどうちの親の年齢の半分になったが、それとて算数の問題にしかならない。
20のときは25と言うと大分オッサンというか大先輩というか、とにかく隔世の感があったが、さいきん20の奴らと喋ってもそういう気はしない。
思えば遠くへ来たもんだ。
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25になった。
と言っても、自分が生まれたときの記憶があるわけでもないし、1983年と2008年の7月18日に符号以外の共通点はない。
ちょうどうちの親の年齢の半分になったが、それとて算数の問題にしかならない。
20のときは25と言うと大分オッサンというか大先輩というか、とにかく隔世の感があったが、さいきん20の奴らと喋ってもそういう気はしない。
思えば遠くへ来たもんだ。
わけあって、いま昔の自分の小説を読み返しているのだが、そんなに変わっていない、ということに愕然とする。
それはつまり、諸行無常とはいえども、自分の思考スタイルや行動スタイルは大して変化しないまま、ジンセイは終わるということだ。
飲んでいるヒマがあれば他のことをしたほうがいいと思うのだが、なかなか人間そうもうまくいかず、結局できることは限られている。
そのなかで、生きる。
そろそろ小説の続きを書く頃かもしれない。
渡辺、でGoogle検索すると、渡辺謙や渡辺満里奈をはねのけて、将棋の渡辺明竜王がトップに出る。
木下、で検索することを夢想したがやめた。
あんなことやこんなことができなくなってしまうではないか。え、そんなことまで?