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2010年08月24日

●1Q84とソフトウェア開発

いまさらながら村上春樹の『1Q84』を読んでいる。久々に村上春樹ということもあるのか、面白い。最近はパソコンの本ばかり読んで小説なんか知らない12歳の頃に戻りつつあったが、小説の面白さを知ってしまった14歳の頃に戻れるかもしれないと思う。

しかし3年ほどソフトウェア開発という仕事に携わり、小説とは違ったかたちの「ものづくり」をしてから改めて小説を読んでみると、おもしろい点がたくさんある。


ぼく自身、2年ほど前にこのブログで「ソフトウェアみたいに小説を書くことはできないのか?」ということを考えて、小説を書こうとして、中座してしまった。発想と計画性、そのうち「計画性」に着目したのはそれなりに面白かったが、計画性だけでも小説はできないし、発想だけでも小説はできない。そしてその両方があったとしても、発想を計画的に具体化していったとしても「評判のよい小説」ができるとは限らない。ふしぎなものだ。

どこに無理があったのか。いくつもあったような気はするが、1つあるのは、ソフトウェアと小説とを安易に比較したことだ。それっぽい定義をwikipediaなどからひっぱる。

ソフトウェア -- コンピュータ上で何らかの処理を行うプログラム
(ここではOSなどの基盤になるソフトは含まないイメージ)
小説 -- 散文で記述される虚構の芸術作品

このように、多少細かい説明にしても直接的な接点がないのだ。

つまり、
ソフトウェアとは、人間の目に触れる環境が限定されている(コンピュータ上)
小説とは、人間の目に触れる環境が限定されていない(本、コンピュータ、音声etc)

小説とは、芸術作品である
ソフトウェアとは、芸術作品とは限らない

ということである。確かに「ものづくりである」という共通点はあるが、この程度の類似で単純比較を持ち出すのはちょっとまずい。

どうせやるなら、散文を使った芸術と、コンピュータ上の動画、画像、音声などを使った芸術(つまりそれはゲームなんかだな)とを比較すべきだったように思う。そういえばソフト業界は長いけれども、ゲーム開発はどんなプロセスでどうやるのかまったく知らないことに気づいた。ウォーターフォールとかアジャイルとかやんや言うのだろうか。

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