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2010年08月14日

●メールは議論に向かないけれども、また敢えて

前回書いてからある仮説を思いついた。
「メールは議論に向かない、とか言ってるのは日本人だけではないのか?」
というものだ。

比較文化論なんかで国によるメールやりとりの風習の違い、とか研究している人いそうですが、誰か知ってたら教えてください。

コメント

研究とかは知らないけど、ネット上のコミュニケーションの考え方の違いというのは明らかにありますよねー。
察するに、日本人って意見と人格否定の区別が苦手だから、意見する方もされる方もドロドロしがちだけど、あっちだとさっぱりしてるから、意見する側もされる側も心理的負荷が低いのかなー、という気はします。楽しんで議論しそう。
似たような話で、ネット上での実名や顔写真の公開に関しても、日本人は構えがちだけど、欧米人はポジティブですよね。

その話に関連すると、欧と米は本当に似ているのかというのも気になりますね。むしろ日欧vs米のような気がしなくもない。中国はどっち側なのだろう。

今まであった欧な人は、みんな意見は持ってるけど米な人より思いやりはある感じだったなー(欧をいっしょくたに語るのは無理があるかもしれないけど)。
中国は結構みんな自己主張がありそうだけど、一方で上下関係みたいなのも厳格にありそう。これは単なるイメージ。

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