●ブログにtwitter置いてみた
意外と簡単でした。
http://satokoto.blog10.fc2.com/blog-entry-2095.html
これ使いました。
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意外と簡単でした。
http://satokoto.blog10.fc2.com/blog-entry-2095.html
これ使いました。
実家のPCがときどき止まる。明らかにハードディスクの針がどこかしらにアクセスしようとして、うまくいかずに1秒ぐらい止まる。続行できることもあるし、最悪死ぬ。これは最期かもしれん。
イーヤマのコジマ電機販売モデルKDC26GDMT,Celeron2.6GHzに1.2GBのメモリ、150GBのHDD、調べたら発売は2002年らしい。ぼくが東京に出てきた年で、もう8年目になるのか。そろそろお陀仏かもしれない。
そもそもこいつはIntel 845GVというグラフィックコントローラの性能がいまいちで、Gmailですら描画が遅い。写真の一覧表示とかすると、もうそれは小休止を意味する。ソースネクストのウイルスソフトが全体を遅延させている気もするが。
まあ、それはそれで全部ひっくるめて愛すべきものだとは思う。
実家で「2001.04 data」と書かれたバックアップCD-Rを発見し、これはお宝データ満載?かと思って読み込ませようとしたが、無理だった。8年。CD-Rの寿命はそんなものか。そして、ぼくの思い出は円盤に焼き付けられたまま過去となるのか。
いろいろと考えていたが、やっぱりぼくは昔からデータ好きなんだなと思った。
ギャンブルの予想
プロ野球選手名鑑
時刻表
選挙速報
どれもデータばかり。万歳。
来月にはブルートレイン富士・はやぶさのラストランが控えているのだが、ふと「ソフトウェアのラストラン」というのはないのかと思いを馳せた。
パソコンの前に人だかり。ありがとうの涙声と共にたかれるフラッシュ。わが社の顧客管理システム5年の歴史が幕を閉じ…
ないと思います。
普段はパソコンの話題はあんまり出さないのですが、デブサミに行ってきたので興奮醒めやらぬうちに。
1日まるごとはムリだったので、本日ラストの「オフィシャルコミュニティLT大会」だけ見てきました。LTっちゅうのはライトニングトークのことで、まあ「とても短い学会発表」みたいなやつです。
11の勉強会・コミュニティなどから選抜された?代表の方が5分間で自分のコミュニティを紹介したり、ときにはまったく関係のないものを紹介したりという不思議なセッションでした。通して感じたのは「やっぱりみんな楽しそう!」ということと、「やっぱりみんなオタクだ」という、至極簡単な2つです。まだまだ開発者として、geekとしてシロートの域である私ですが、一歩ずつ精進していきます。月並みですが、元気をもらいました。
ひとまず以下、印象に残ったものを備忘録として。
今朝起きたら携帯の未読メールが86件あり、!と思ったらすべて出会い系の迷惑メールだった。
2週間ほど前にもひどい時期があった。そのときは平日が中心で、土日になると減り、「あぁ、出す人も休みなんやな」と勝手に解釈していたのだが、今回は向こうも手を緩めない。
いま携帯から書いてるんだが、書き始めてから3通来た。家を出たのが20分ほど前で、そこから通算すると10通近い。
景気の良さに、何故か勇気づけられる。
データベースの項目にnull値(要するに、0とか長さ0の文字列も入ってない状態)をとると、えらいことになる、ということを昨日知ったのだが、ふと思うに、
要するに null とは仏教の「空」
なんだなと。あるとかないといったようなことが「ない」状態。さらに、
http://www.geocities.jp/mickindex/database/db_3vl.html
というサイトをみつけたのだが、「ない」という状態にも複数あるとは。唯識みたいになってきた。
ネット流行語大賞2007の銀賞になったという「スイーツ(笑)」なんだが、そんな用語は賞が出るまで知らんかった。まあ、そんなにネットの住民ではないので仕方ないのだが、これについてふたつほど今思っていること。
一つ目は単純に語法の観点から、(笑)の用法である。ぼくは、(笑)というのはあくまでもブラックな意味のこもらない状況でのみ使われると思っていたのだが、この(笑)は明らかに嘲笑である。歴史的推移を見ると、
1.元々は、雑誌の対談などで場が沸いたことを表現していた
2.インターネットや携帯メールの普及で、他の事象への失笑、または失笑を誘うような自分を表現する用法が誕生
3.スイーツ(笑)において、他の事象を嘲笑するという用法が誕生
という感じなのではないか。どれも想像の域を出ないので、ちゃんと論じるにはもう少し調べないといけないけれども。
二つ目は、こんなに言葉単体が攻撃的な使われ方をするようになったのか、という驚きである。もちろん「死ね」と書くことは昔から可能だが、2ちゃんねる誕生後の2ちゃん用語は、誤変換という衣をまとい自らを貶めながらの揶揄、という(使い古されてはきたが)高等テクニックを駆使しており、隔世の感がある。
そして、スイーツ(笑)がどうしてスイーツ(笑)たり得ているのかを理解しないまま、スイーツ(笑)を使っている取り巻きも多数いるというのが厄介である。「流行に乗る」ということがベタなのはともかく、「『流行に乗る』という行為が安直だと『安直に』批判する」ということも十分にベタだということに気づいているのだろうか。
「どうして流行の服を着てるんですか」
「みんなが着てるから着てるんです」
「それって個性がないんじゃないですか」
「個性ってなくてもいいんじゃないですか」
ここでどう答えますか。
久々のコーナー。きのう思いついたのだが、Googleを使って「バーコードバトラー」的な遊びはできないだろうか? 要するに、ヒット数の多い少ないで勝負するのである。
ひとつ考えたのは、ニアピン度合いで勝負する形式。
遊ぶ人:3人以上
役割:ひとり--検索係 残り--プレーヤ
遊び方:
1.検索係が適当な単語を言って、それを検索。ヒット数を発表。
2.プレーヤは順番に、それに一番ヒット数が近いであろう単語を予想して書く。
3.実際に検索して、ニアピンだった人の勝ち。
1-3を何回繰り返すかあらかじめ決めておくとか、ピタリが出れば(出るのか?)その時点で終わりとか、同じ単語で何周もやるとか、応用は利くと思う。
[遊び方の例(プレーヤ3人)]
検索単語:木下修司(ヒット数214件)
プレーヤ1:いいちこ 一気飲み
プレーヤ2:ディープインパクト 食べ方
プレーヤ3:バリカン キャベツ
オープン。1:1170件 2:16000件 3:21900件
ということで、1の勝ち。うーむ、2とか頑張ったつもりだったが…。
1回やってみたが、最初にみんなで単語を50個ぐらいリストアップして、その中から2つ組み合わせる、というルールにした方が笑えるんじゃないかと思った。ディープインパクトの食べ方について載っているページとはいかに?検索してみてください。
ちなみに「バリカン 一気飲み」は410件だった。これがさらにニアピンだったとは。
正月から一休さんの和歌を引用したばっかりに、変な事件に巻き込まれてしまった。その続報。
学校の図書館で勉強する合間に、ウィキペディアに書いてあった出典、『狂雲集』を確認したのだが、
そんな和歌はどこにもない
のである。どういうこっちゃ。
そもそも、狂雲集は全編漢詩なんだから、和歌などあるはずがない(と、思う)。なんだかんだで1時間ぐらい熟読してしまい、さらには版が悪いのかと思い、中央公論社の『大乗仏典』シリーズに入ってるやつと、岩波の『日本思想体系』のやつと両方読んだ。ない。うーむ。
wikiがミスをしている可能性もある。まあ、そんなもんだ。私も明らかな間違いを修正したことがあるし、wikipediaはみんなが見て修正するから、結局のところ百科事典よりも信頼度が高くなる、という理論でやっているのである。この辺の話はまた次回。
とりあえずこの和歌に関して考えられるのは、
*『続・狂雲集』のほうに入っている?(でも続も漢詩オンリーやったと思うんだが)
*『一休仮名法語』などの別作品に入っている
あたりか。また調べます…。
余談だが、私が読んだ柳田聖山訳の『狂雲集』はとてもよかった。現在手に入りやすい中公クラシックス版ではどうなってるかわからんけど、上記の中公版は一休の一人称が全編「ボク」になっていて、ちょっと面白い。「風流」さえ「ダンディー」と訳すなど、柳田ワールド入りまくりで、本人の意図とは関係なく面白い。一休がそもそも書いている内容も淫らすぎて、さらに面白い。ぜひ。
きのうの一休さんの和歌、引用が間違ってた。「正月」ではなく「門松」である。指摘してくれた我が父ありがとう。
しかし、どうして間違えたかを考えると、少し問題は深刻である。原因は2つ、
1.最初にこの歌を見た中学生(小学生?)ぐらいのときから、ずっと「正月」だと思っていた(たしか、漫画のついてあることわざ辞典か何かの欄外に書いてあった記憶がある)。
2.作者を一応確認しようと思って「正月は冥土の旅の一里塚」とググったら、800件ほど出てきたので、大丈夫だと思った。
1は自己責任として、問題は2である。この場合「門松」という正解を知らなかったので、800という数字に妥当性があるのかどうかは、カンである。
試しにGoogleで検索してみると、
「正月は冥土の旅の一里塚」880件
「正月は冥土の旅」223件
「門松は冥土の旅の一里塚」661件
「門松は冥土の旅」9580件
となる。「正月は冥土の旅の一里塚」が多いのは、もともとヒット数が少ないものを長い文字列にしていくと、検索の曖昧容認度があがっていくためと思われる。
ネットの記載事項が正しいかどうか、というのは、多数派か否かで判断するしかない。だが、間違った引用をさらに孫引きすることもあるから、多いから必ず正しいとも言えない(私も反省すべきだが、ブログに書く人に限って、記載事項をネットで検索する傾向にあると思う)。しかも、引用どうこう抜きにしても、上記のように「~一里塚」まで検索すると、検索エンジンの仕様で、正解と不正解の数が逆転してしまう。
要は原典にあたれ、ということなのだろう。そういう私も、出典の「狂雲集」を見ていないので、自分が間違っていたとまだ断言できない。
まあ、書物というのは昔から伝言ゲームの性格を持つ。専門柄、仏教経典のサンスクリット写本や漢訳を見る機会があるが、書き写すにつれてどんどん間違えていくから、版によって微妙に違う。だから、どれが「正しい」かを検討して確定していく「校訂」という作業が、現代の研究においては重要になっているようだ。
なんとなく怖いのは、ネットの速度をもってすれば、あらゆるものが恐ろしいスピードで「間違っていく」のではないかということである。以下、原典確認してから次回。