2010年08月14日

●メールは議論に向かないけれども、また敢えて

前回書いてからある仮説を思いついた。
「メールは議論に向かない、とか言ってるのは日本人だけではないのか?」
というものだ。

比較文化論なんかで国によるメールやりとりの風習の違い、とか研究している人いそうですが、誰か知ってたら教えてください。

2010年08月11日

●メールは議論に向かないけれども、敢えて

という言葉から始まるメールを立て続けに2通受け取ったのだ。こちらからの長文の意見メールに対する返信なので、原因はキノシタにあるのだが。

しかし、メールが議論に向かないとするならば、昔のひとはどうしていたのだろうか、と思う。あるいは、文壇の論争は何なのか。めんとむかってコミュニケーションしなければ、論理的な話し合いはできないのか。やりづらいのか。

ぼくは「メールは議論に向かない」というのは半分当たっていて半分当たっていないように思う。「メールは議論に向かない」のではなく、「メールでは結論を出しにくい」ということなのではないだろうか。

文壇の論争などその最たるもので、どちらかが返事を出さないで事実上終わる、みたいなのがほとんどだ。むかしそれを揶揄した清水義範が、文壇史上はじめて片方が「私が間違ってました」と謝る論争、というテーマで小説を書いていたことを思い出した。

実際に会って話すときは「なんとなくその場の雰囲気も含めて納得する」とか「精神的に腑に落ちる」といった、精神へのトリガがかかりやすい。しかし、文章での議論にはそれがない。だから、「メールは議論に向かない」のではなく「メールは、一定期間で結論を出さねばならないようなビジネスによくある議論には向かない」ということなのだと思う。

厳密な意味での論争は、むしろ言葉になっているほうがやりやすいと思う。なかなかハードな戦いになることは承知の上であるが。

2010年06月26日

●地名と「名前重要」(2) シジョウかカラスマか

以下続稿、と書いてからまた1か月が過ぎてしまったが、続編。

京都の地名の話をしたい。
京都はご存知のとおり、縦横に碁盤の目状に区画整備されているために、「南北の位置」+「東西の位置」で地名を表記することが多い。

「南北」→丸太町、御池(おいけ)、四条、五条といった通り
「東西」→堀川、烏丸(からすま)、河原町といった通り

これらを組み合わせて「四条河原町」とか「堀川五条」などと表現するのである。(いま調べて思ったが、順序は逆転することもあるんやな。これに規則性はあるのか)

で、今日取り上げたいのは、またもや駅名である。この命名が特徴的だ。

阪急:「烏丸」「河原町」
京阪:「三条」「祇園四条」「清水五条」
地下鉄:「五条」「四条」「烏丸御池」「三条京阪」

似たような名前がたくさん出るが、このうち徒歩連絡が可能な関係にあるのは

1.阪急「烏丸」と地下鉄「四条」
2.阪急「河原町」と京阪「祇園四条」
3.地下鉄「三条京阪」と京阪「三条」

である。わかりにくいことこの上ない。観光客は大丈夫なのだろうか。ついこないだまでは京阪の「祇園四条」「清水五条」は単に「四条」「五条」だったので、これでもマシにはなっているのだが。

どうしてこうなっているのか。京都に住んでいたことのある人ならよくわかっているだろうが、阪急は市街地では四条通を東西に走る。地下鉄は烏丸通を南北に、京阪は鴨川の東岸、川端通(これは1987年の京阪地下化までは京阪線そのもの)を南北に走る。だから、その通り自身の名前は駅名には付いていないのだ。烏丸四条にある「阪急烏丸」と「地下鉄四条」がもっとも顕著な例であろう。

そして、まだその規則どおりにきちんと命名されているのなら、それはそれで人間系で読み替えることもできるのだが、規則どおりではないところがしんどい。地下鉄は「烏丸御池」だけ「烏丸」とついているし、「三条京阪」というのは「三条は三条でも京阪三条駅の近くですよ」と言いたいのだろうが、「南北」+「東西」の命名からはずれている。京阪も京阪で、「祇園四条」「清水五条」は、確かに祇園の近くであったり清水寺の近くであったりするのだが、それも「南北」+「東西」の命名からはずれてしまっている。

各社各社はそれなりにポリシーをもっているのだろうが、それを全体的に統括する団体がないばかりに、まぎらわしい駅名が乱立してしまっているのである。

えらい人が鶴の一声で「これに統一!」としてくれてもいいと思うのだが、名称変更は名称変更でなかなか手間であるのも事実。きっとこのままいくのであろう。まるでプログラミングの世界のようだと思いませんか、SE諸君。

2010年05月23日

●地名と「名前重要」(1) ウメダかオオサカか

ソフトウェア開発の世界では「名前重要」とよく言われる。統一した定義はないが、要するに「あるものが有名になったり良いものになったり、何かしら発展していくかどうかは、そのものの名前の善し悪しに左右される」という意味だと思っている。「名前」というのは、実体を表現する短く簡単で、もっともよく知られた形式だと思う。(名前以外にも、実体を表現する短く簡単な形式には、たとえばアイコン画像がある)

突然だが、最近「地名」というのは、「名前重要」というテーマをわかりやすく示す教材になるのではないかと考えている。そのきっかけとなったのが、先週末の話である。大阪に出張に来ていた会社の先輩が「何度か来るからわかるようになったけど、なんで梅田駅ってのは大阪駅と同じなの?」と聞いてきたのだ。

以前にも似たようなことを考えていたので、ぼくは以下のようなことを即答した(実際はもっとしどろもどろ)。
「それはつまりスコープの違いで、阪急や阪神といった私鉄会社にとっては大阪というのは梅田というローカル地名でいいんですが、JRのような全国会社にとっては『大阪』という名称で、大阪以外の人に『ここが大阪の中心ですよ』と示す必要があるわけですよ」

関西以外の人に解説しておくと、いわゆる「キタ」には以下のような駅が徒歩連絡可能駅として存在する。Googleマップみてください。

大阪駅(JR東海道線・JR大阪環状線)
梅田駅(地下鉄御堂筋線・阪急・阪神)
西梅田駅(地下鉄四つ橋線)
東梅田駅(地下鉄谷町線)
北新地駅(JR東西線)

梅田というのは大阪市北区梅田というローカル地名で、もともと田んぼを埋めた「埋田」の縁起をよくした地名である。地元民、京阪神の住民なら99%が知っている地名だと思う。
北新地は平成に入ってからできた駅で、大阪駅からは少し遠い曾根崎新地あたりの駅。命名方式がまったく違うが、住んでいる人にとっては「シンチ」として知られる繁華街の最寄りなので、あながち外れてはいない。

そして大阪駅については前述のキノシタ説どおりで、大阪の中心であることを意識した駅だ。JR、つまりは旧国鉄はこういう命名方式を一環して採用している。東京駅というのもそうだろう。

文章教室なんかで「文章は誰に対して書いているかを意識することが重要」などと言うが、名前というのも同じなのだと思う。つまり「誰のためにつけるかを意識した命名が、よい命名になる」ということだ。以下続稿。

2010年02月01日

●家事とは何か

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E4%BA%8B

家事は必ず存在するもので、人間の生活の10%ぐらいは家事ではないかと思う。ひょっとすると20%ぐらい家事かもしれない。

家事が楽しくなれば、人生も楽しくなる。何となく、寺院での僧侶の共同生活を思い出す。生活のためになすべきことを定型化するその姿は、ある種の理想ではないか。

と、いったことを2月は考えていきたい。そもそも、1月のテーマも広義の家事であるわけだが。

2010年01月17日

●楽しい家計簿のつけ方(6) とりあえずつける

超簡単家計簿 by kino3.jp

今日で家計簿連載はいったんおしまい。次は分析編ということになりそうだが、それはしばらく後のことになる。とりあえずは「記入する」という習慣をつけることが大事だと思う。
 
で、何に書けばいいのか?という話を最後に。とりあえずExcelで収支を自動計算するだけの表をつくってみたので、もしよかったらダウンロードして使ってください。Googleドキュメント上でもいちおう動作確認済み。
 
世間を見たらいろいろ家計簿のサービスはあるみたいで、
web家計簿とか
いいめもとかある。どっちも使ったことないが、いいめもにはこんなことが書いてあった。これもいい案だと思うので紹介しておく。

●決めたものからつけてみる - たとえば、車に乗られる方はガソリン代。主婦の方なら家族の食費(もしくはだんな様にないしょのお買い物!?)。男性の方なら、趣味のお金。など、自分が使っているものの中からひとつを選んでつけてみるのもいいと思います。私はこれをはじめてから、金額をメモする習慣ができました。

ぼく自身は前にも書いたが、うきうき家計簿というフリーソフトを使って長い。ただこれにはぼくが今回述べたような「重要度」をつける機能はないし、費目を選ばないと記入できない。そもそもこのソフトに対する不満が一連の連載につながったという側面もあるので、単純なExcel管理に移行しようかどうか悩みつつ、毎日記入はしているこの頃。ごきげんよう。

2010年01月11日

●楽しい家計簿のつけ方(5) これが一番大事

家計簿界に新風を吹き込む。

家計簿に入力したデータに、「もうひとつあるとよい項目」とは何か?

それは、「そのお金の使い方は無駄なのかそうでないか」だ。

本来、家計簿の情報は「何に使ったか」といういわゆる費目と、「それ必要なん、無駄なん?」という必要度とのマトリックスで語られるものだというのが私の結論だ。

とりあえず3分類あれば十分だと思う。

「必要」
「減らせる」
「無駄」

の3つ。減らせる、というのは、ゼロにはできないけど金額は減らせる、ということ。

「必要な食費」「無駄な食費」「必要な家賃」「減らせる飲み代」「必要な交通費」「減らせる携帯電話代」といった感じの名前になる。これを毎月集計して、「無駄」と「減らせる」を減らす計画を立てればよい。

気をつけたいのは、無理に「減らせる」「無駄」にしないこと。そして人と比べないこと。しんどくなって家計簿をつけるのがイヤになったら元も子もない。だから、これを導入するのは、家計簿をつけるクセがついてからでよいと思う。

人と比べない、というのも補足しておく。例えば「800円のランチは無駄か?」というのは、単純に結論づけられない。「俺はおにぎりとカップ麺で200円で毎日いける」「年収1000万あるからそれぐらいええやん」「酒は飲まないのでランチは」「今日はいいことあったからごほうび」「明日から100円→1円のデノミ」「まいうー」など、その人のその場の状況によって変わる。

大切なのは、自分に正直であることだと思う。ただの家計簿も人生論まで発展する。

2010年01月04日

●楽しい家計簿のつけ方(4) 邪悪な費目

「とにかくすぐメモる」というTipsを紹介したあとで、何を記録すればいいかということについて考えたい。
結論から先に言う。
1.日付
2.使った(もらった)内容
3.金額
だけあればよい。費目についてはとりあえず考えなくてよい。そして、もうひとつあるとよい項目については続稿。

一般的な家計簿ソフトのインタフェースのひとつに
1.まず費目(交通費とか食費とかの分類)を選択し、
2.そのあとお金を入力する

というものがあるが、これは直感的ではないと思う。
そもそも、ヒトはお金を支払うときに、厳密に費目なんか考えていない。

1.まずお金を支払ったという事実が存在し、
2.それについて検討する際にはじめて分類する

というのが正しいと思う。そして、ソフトウェアはそうあるべきだ。
分類できなくてもとりあえず入力できれば、ユーザーの敷居も少しは低くなるというものだ。

ところで、食費、交通費などの費目はどこで標準的に決まっているのかと調べてみたのだが、
国の家計調査に利用する10大品目というのに準拠しているようだ。
↓このPDFとか
http://www.stat.go.jp/data/cpi/pdf/furoku3.pdf

これも直感的ではない。
1.これは家計を調査するための指標として作ったもの。各個人の分類はもっと好きにやればよい
2.これは家計を調査するための指標として作ったものなので、税金について書いていない

とても重要なのが「2」だ。家計簿には税金だけはちゃんとつけないとダメ、というのがキノシタの主張。どれぐらい取られているのか、月によって年によってどれぐらい変わるのか把握することで、節税をすることも可能になる。節税って面倒だと思うだろうが(ぼくも年末調整ぐらいしかやったことないけど)、ちょっと工夫したり申請したりするだけで税金は戻ってくるのである。そもそも、天引き分を無視してたら税率50%になっても「減ったなあ」という漠然とした感覚しかなく、そのことに対抗する術すら危うい。

ただ、いままでの家計簿ソフトに税金に対する教育の気持ち、老婆心がなかったのも事実である。ソフトウェア開発側にはそこまでする余裕はないし、官公庁としては「そんなに教育しなくても金が取れていればそれでいい」という気持ちもあるだろう。結局のところ、自分で勉強するしかないのである。ぼくもそんなに税金には詳しくないが、もし家計簿ソフトを開発するなら、入力しながらそういうことを教えてくれる機能をつけたい。使いながら人間が学習・成長していくソフトウェア、というのは、これからの1つの姿だと思う。

2010年01月03日

●楽しい家計簿のつけ方(3) レシートはもらおう

3回目は、家計簿をつけるのを楽しくする(苦にしない)コツを2つぐらい紹介しよう。

1. できるだけすぐつける

忘れないうちに何かしらメモとして記録しておく、というのがコツ。

★レシートをもらう
→レシートをもらうことを忘れる人も多いと思うが、日頃から「レシートください」と言うようにする。20日ぐらい続けていれば、泥酔しててもレシートだけはもらえるという達人の域に達します。

★買った瞬間に携帯にメモする
→ぼくは携帯をメモ代わりにして長いが、とりあえず送信欄を空白にしておいてメールを書く。書き終わってから自宅パソコンのアドレスに送信しておけば、家に帰ってから記録するときにそのまま見られる。送信してなくても携帯を開いて見てもよい。

本当は買った瞬間にモバイル端末で記録できたり、Felicaか何かで引き落としたデータが自動的に記録され、みたいなのがベストだと思う(実際ぼくの2年前の携帯でもその程度の機能はある)。指定されたフォーマットでメールを送信すれば、自動的にデータが記録される、というのも可能だろう。ただ、いずれもそれなりに開発に時間がかかるので保留。そこまで最初から自動化する必要はないのだ。

2. 毎日つける

たまってしまうと記録する気をなくすので、適当な周期で記録する習慣をつける。まあ1日ぐらいがいいかと。さっき「20日...」と書いたが、どこかの学者が「20日も続けていれば慣れる」ということを書いていた。これは実感としても間違いない。3週間。

3. 完璧を求めない。分からないのは「使途不明」でよい

ここ重要。「ちゃんと記録するから整合性とらないと!」とか思って唸っていると、そのうちやる気をなくす。よくわからないけど減ってるな、というのは「行方不明」とか「その他」とか「残高調整」とかでよいと割り切る。別に記録されていることに100%を求める必要はない。まあ最初は80%もできていれば申し分ないと思う。それだけでも記録されていれば、ちゃんと分析できるし、使途不明金を毎月減らしていくという目標もできる。

2,3を含めた毎日の作業のやり方としては、こんな感じだろうか
・昨日の財布の残高を確認
・今日の財布の残高を確認、記録(これをまた翌日見る)
・差額を計算(これが一日で使ったお金)
・レシートやメモをもとに、家計簿を記録していく。(記録する先・何を記録するかについては続稿)
・記録した合計が差額と違ってたら、エイヤと「使途不明金」とつけておしまいにする
・また明日

ポイントは3で、1とか忘れてもとりあえず使途不明にしていればよい、と思えばだいぶ安心感が違うと思う。前にも言ったが我々は法人ではなくヒトであるわけで、法律的に人間でしかない奴よりも、そもそも人間である奴のほうが尊い。以下続稿。

2010年01月02日

●楽しい家計簿のつけ方(2) さようなら手書き

さて、新年からカネカネカネのことについて考える。
まずは、昨日この記事を書いてから考えたことをメモしておく。

・家計簿は手書きorデジタル入力?(パソコンとか携帯とか)
・レシートをもらう習慣はつけよう
・一般的な家計簿ソフトにある費目分類は邪悪だ
・まずつける→それが習慣化してから分類できるのがあるべきソフトの姿だ
・使いながら自ら成長できるソフトウェアの開発
・とりあえずExcelでも何でもいいからつけよう

どうやらこのシリーズはあと5回分ぐらいは記事があるらしい。

ということで、今日は家計簿を手書きにするかパソコン入力にするかという問題を扱いたい。

結論から言うと「データの集計が圧倒的に楽なので、入力が多少面倒でもパソコンにしよう」ということだ。

「家計簿をつける」ということは確かに重要だが、それは今回の目的ではない。「目的のために必須のプロセス」だ。最終的には「お金の収支が見えるようになって、貯蓄などの計画を立てられる」「貯蓄する」ということが目的なのである。そのためにはいろいろな集計をしたい。それを電卓やそろばんでやると日が暮れてしまうし、そもそも間違える。

ただし、いまだに世の中にはあまた手書きの家計簿が出回っている、という事実もある。ぼくがよく言うことだが、世の中に存在していることにはそれなりの意味がある。いまこのデジタル世代2010に敢えての手書きをする意味を考えてみた。

1. 小さな子向けの教育的意義(計算もさせる)
 実際ぼくも最初はいまは亡き学研の付録か何かを使ったので、これはこれで意味はあると思う。が、我々は小さな子ではない。
2. おしゃれorかわいい家計簿を買うことで「つけよう!」という気持ちをおこす
 これは決して看過できない。「つけよう!」という気持ちは、家計簿を継続させるためにもっとも重要な部分である。
 ただ、冷静に考えてほしい。ノートで表現できる「おしゃれorかわいいー」と、パソコン上の家計簿で表現できるそれとなら、どう考えても後者の方が表現力があるはずだ。ブラウザや音楽再生ソフトのスキンみたいなのがあればそれでいいのである。
3. とりあえずつけ始めるまでのスタートアップが早い
 これも決して看過できない。ノート開いてペン持ってホイ、までの5秒に、最終的には勝つ必要がある。おそらくこれに勝てるのは携帯電話しかないと思う。詳細は後日。
 
ということで、1つめはさておき、2,3には最終的には勝つ必要があることを認識した。

ただ、これは一朝一夕で開発できるものではないので、この連載ではひとまず保留にしておく。最初にも言ったが、「データの集計が圧倒的に楽なので、入力が多少面倒でもパソコンにしよう」というぐらいで片付けておいてほしい。パソコンだってずっとスタンバイ状態にしていれば10秒で起動するし、1日1回5分パソコンの前に向かえばそれでいいのだ。ゴールを信じて以下続稿。

2010年01月01日

●楽しい家計簿のつけ方(1)

あけましておめでとう。突然だが、年始早々「楽しい家計簿のつけ方」について考えたい。

【目標】
・毎日楽しくつけられる
・お金のことを考えることができる
・貯蓄もできる
家計簿をつくる

【背景】
・その筋?からの要望
・家計簿を10年以上つけている人間としてのノウハウ公開
・実家でも家計簿をちゃんとつけてほしいな

 「ものごとは楽しくなければ続けられない」というのが世の常。貯金するために家計簿をつけようと思ったが矢先、家計簿に挫折して貯金もどこかに行ってしまう、という人はいないだろうか。
 あるいは「とにかく月5万貯める」と宣言したはいいものの、生活が苦しくなって結局切り崩してしまった経験はないだろうか。こういった人々の苦しみを少しでも緩和できるよう頑張ってみたい。
 
貯蓄のプロセスとしては
1. まず家計簿をつける
2. 何にどれぐらい使っているのかを把握する
3. どれぐらい節約できるか予算を組んで毎月実行していく
といった手順を踏む。難しいことではない。世の中の企業はどこでもやってることである。法人にできることが人間にできないわけはない。法律的に人間でしかない奴よりも、そもそも人間である奴のほうが尊い。以下続稿。

2009年12月20日

●古きよき時代の終焉

実家のハードディスクの最期について以前書いたが、ハードディスクを交換することで見事にPCとしては生還した。データ移行も実に簡単なこんなツールがあり、便利な世の中である。

Windows7がどうこう言ってる時代だが、そこそこのマシンでXPをちまちまいじる需要はそれなりにある。msconfigで起動するアプリを減らせば快適だったりする。

1990年と2000年だったらPCでできることには雲泥の差があったように感じるが(このあたりネットワーク環境の整備も大きい)、2000年と2010年ではあまり差がないし、多くの人々はその差に追いつけていないと思う。技術がそれなりに進歩しているのは仕事柄?わかるし、確かに新しいほうができることが多いのもわかるのだが、その一方で置いてけぼりになってる人はどんどん置かれていっている。同じ25歳でもパソコンのことがそれなりにわかる25歳もいるし、まったくできない25歳もいる。これってどうなんだろうと思う。

本当は教育が整備されてしかるべきなんだろうが、公教育には到底それは期待できない。そろばん塾があるようにパソコン塾がもっとあってもよいと思う。パソコンを使える青年とそうでない青年のアウトプットの差は10倍は軽く超える気がする。そういうのを仕事にできないものか、とも思う。

2009年11月29日

●LifelogとBlog

http://gihyo.jp/lifestyle/serial/01/lifelog/0006
ずっと読もう読もうと思っていて読めていなかった、美崎薫さんのライフログの記事を読んでいる。「どれぐらい自分のことを記録に残せているか」ということには前から興味がある。ぼくはまだ26歳で、がんばって探せば中学生のときにはじめて書いたeメールも出てくるだろうから、幸せな世代だろう。

blogを書いている友人はとてもたくさんいるのですが,やっぱりみんな脚色していたり,話題として扱いやすいことだけをとりあげて書く傾向にあるようです。他人事で老婆心ながら,それでいいんだろうか,という気がします。

なるほど。
できるだけネット上の自分と実際の自分とが重なるように生きてきたつもりだが、ネットには書けないことはたくさんある。それはローカルに残してあとで考えるために使いたいのだが、あまり残せていないなあと思った。それでも少しずつ進みつつはあるけれども。

2009年11月21日

●無趣味はすすめない

けっこう前から「趣味は何ですか」と聞かれて困っている。困っている理由は簡単で、趣味がない。
世間の人が言う「趣味」があまり理解できない。

生活における全ての所作は、結局「生きる」ということだけではないかと思う。これは言語的には「生きるということは生きるということだ」としか言ってないのであまり意味はないのだが、やはり生きるということは生きる以外の何ものでもないと思う。趣味であるとか趣味でないという定義をして区切ることに意義を感じない。

とか思っていると村上龍が「無趣味のすすめ」という本を出しており、こないだ立ち読みした。
http://remote.seesaa.net/article/94522722.html
あたりに原典となる雑誌記事の引用があるが、やってることは全部金銭と結びついてるから俺には趣味なんてねえ、という話である。彼は根元となる動機を「金銭」という外部においている。心理学で言うところの「外発的動機づけ」であると思う。まあ、経済云々を語る村上さんらしいと思う。

しかし、木下修司の動機は金銭ではなくて、単に「木下が考えて、それを何かしらに表現することの繰り返し」である。その場所はここであったり、その他の場所であったりするのだが、すべての行為は「何かしら考える」ための根源であり、そこに金銭が絡むかどうかはあまり関係ない。仕事におけるプログラム設計も、土曜日の青空も、トイレ掃除も、相撲観戦も、家庭内の問題も、そこから何かを考え、得るという意味で等価だ。

上に書いている村上さんの話ではないが、趣味という概念は学校とか仕事とかそういう「そのときに社会的にしなければならない何か」の対義語としていつも置かれていて、何となく切ない。その枠組みに無理に縛られることもない。区切りをつくるとそこに意味が生じて、そこからいろいろと余計なことを考えないといけなくなり、難しくなる。シンプルに考えるほうがきっと人生は楽しい。

ただ、あまりすすめられる道ではない。シンプルに考えるというのは、それはそれで険しい。

2009年11月04日

●三位一体

三位一体というのが昔から結構好きだ。巴(ともえ)とか鼎(かなえ)とか。

2人で飲むのも好きだが、3人というのが一番盛り上がって充実する気がする。2人は一方通行になりがちだし、4人だと拡散してしまう。

3人だと何より嬉しいのは、ひとりトイレに行っても残された側が寂しくないということだ。

何か新しいことを始めるにも、できれば3人でやりたいものだ。

2009年08月29日

●紀さんのこと

日本の歴史上最初のネカマは、紀貫之なんやね。と、ふと思った。

引っ越して家はだいぶ片付き、昨晩ネットも開通したが、まだまだ捨てよ、捨てよ。

2009年08月21日

●新型インフルエンザに納豆が驚くべき効果

という記事をこれから数回にわたって書き続けたら、「インフルエンザ 納豆」とかで検索したら1位になるかもしれないね、と帰り道に考えていた。

ちなみに今検索すると以下のようなサイトが上位に来る。
http://allabout.co.jp/health/healthfood/closeup/CU20050101A/index.htm
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20060404ik04.htm

どうもまんざら効果がないわけではないようなので、あまり当初の目的が果たせないかな。はい、引越に集中します。明日明後日が山場。

2009年05月19日

●希望のふりかけ・おかわり3杯目

希望だけではメシは喰えないが、希望を捨てたらメシを喰う意味がない。

と、使い古されたような科白を吐いてみる。

2009年04月25日

●ジョシ

あの、女の子がジョシというときの奇妙な連帯感は何なんだろう。

ダンシでは到底勝てそうにもない。

2009年04月16日

●偉大なる吟遊詩人

友人に吟遊詩人がいるのだが、彼の秀作に「コンピュータに適当な単語を入れたら自動的に詩を作ってくれた」という体で書いたものがある。当時の私は、本当にそうして作ったと勘違いしていた。

しかし、今となってはそういう詩作のスタイルも可能ではないかと思う。コンピュータに詩を完全に評価させなくてもよい。普段われわれが使わない用法を作り出すのは彼の得意技だ。

2009年04月13日

●三日月

くるりのシングル「三日月」を買ったのは先月のことだが、この歌は早くも2009年の木下ベストワンになりそうな気がする。

歌というのは歌詞やメロディーもさることながら、その歌を聴いていた頃の自分や風景を思い出させるものだし、それがなければ大衆歌謡なんぞ意味がない。だから、忘れがたい出来事と共に、個人的な名曲は産声をあげる。それはまさに今、この夜と共に。

2009年03月25日

●スロー再生

緩行つながりではないが、「スロー再生」と「室生犀星」は似ているな。

2009年03月07日

●ジャイアンつ

ジャイアンツというのは要するに巨人軍ということで、巨人とは何だということを考えたい。

と、いうのも、ジャイアンツと命名したのは正力松太郎か誰かだと思うのだが、日本には縁もゆかりもない「巨人」というものを名付けたことに一種の感慨を覚える。

と、いうところまで書いてからGoogle先生にきいてみたら、こんな答えが出た。ジャイアント馬場は巨人の選手だったのは知っていたが、力道山が巨人ファンだったのね。

さて、これで残るは「ジャイアン」だけになった。

2009年03月03日

●将棋界の一番長い日

今日は、将棋界の一番長い日、名人戦A級順位戦最終日

雪の千駄ヶ谷は、お誂え向きやね。

2009年02月16日

●深感染

週明けから出張で大阪。いま帰りの新幹線でビールを飲んでいる。正確には「その他の醸造酒(発泡性)1」だが。

つい最近まで、この新幹線は「行き」だったと思うが、何かと切ないものがある。

2009年02月15日

●情報発信のコツ

結局、情報発信のコツというのは、あまりまとまってなくても、ちょっとでも出す、ということなんやろうね。

こういう時代ならではの面もあるし、昔からそうとも言える。

2009年02月05日

●不法投棄

不法侵入とか不法投棄の不法って変やね。違法ならわかる気がするが。法律用語なんはわかるとして、どういう成立なんかな。

2009年01月17日

●ユニット

いつから「ユニット」という単語はできたのだろうか。と、ふと思った。

Wikipediaを見ても、いまひとつしっくりこない。

が、どうして「ユニット」の由来について考えていたかというと、最近音楽や演劇のような芸術分野に限らず、#fc0のようなIT系のユニットもあるし、なんか、そういった活動をしてみたいと思ったからである。

まあ、実はすでにいろいろなユニットをやっているような気もしていて、名前をつけてやればそれでよい、というだけなのかもしれない。今日はたどたどしく奈良からお送りしました。

2009年01月02日

●あけたらどうした、あけてもきのした

新年、とは言うものの、何となく長い休みの金曜日でしかない。と言って、年賀状を出していないことを釈明してみる。

友人から奈良の自宅に一通の年賀状が届いた。「今年卒業します。これを機に年賀状作成からも卒業します」とのこと。なるほど。

不肖キノシタ、年賀状作成からは卒業できないが、今年は旧正月を祝うことにした。どうやら1月26日らしい、間に合うのか。

別の知人で「今年は旧暦で過ごす」と豪語していた人がいた。確か2年前だったと思うが、どうなったのだろう。

ところで、旧正月がいつなのか調べていたら、旧暦2033年問題という恐ろしくマイナーな問題を発見してしまった。よく考えると、どうして1年が365日だとみんな何も気にせず信じているのか、不思議なものだ。

2009年01月01日

●Sparking!

頭からっぽのほうが夢つめこめる」と喝破したのは影山ヒロノブ大先生である。

不肖キノシタ、「世間不景気のほうが頭つかえる」と言いたい。

一生懸命アタマつかおうじゃないですか、みんなで。

2008年12月13日

●不況とは言うけれど@奈良

いまさらという話もあるが、世間はどうも不況に突入しているらしい。必要以上に暗くなりたくはないものだが、不肖キノシタ、よく考えてみると

どうして不況が起こるのか

という根本的な仕組みをまったく理解していないことに気づいた。


とりあえず、今から温泉につかって考えてみる。

2008年11月10日

●ええじゃないか

正倉院展も行ったのだが、先週は伊勢神宮にも寄った。
そんなに実家から遠くないのだが、十年以上行ってなかったと思う。
赤福の本店を見たとき、記憶の奥底から何かが蘇った。

ビール飲みながらおかげ横丁をぶらついただけ、と言えばそうかもしれない。
何にせよ、神社のことはあまりよく知らない。まあ、ええじゃないか。ええじゃないか。

2008年10月14日

●ひとごみのなか そをききにゆく

こないだナンバープレートで「そ 12-34」といった感じのものを見たのだが、「そ」がここで表記されている「そ」ではなく、一画目をはねて二画で書く「そ」だった。公式にはこの「そ」が記載されることが多いので、珍しい。

しかし、思えばぼくが小学一年生のときは両方習った。なんとなくぼくは二画の「そ」を選択し、いまでもそちらを書くことが多い。パソコンやワープロにおける日本語入力の進化によって、劇的なスピードで一画の「そ」が二画の「そ」を駆逐したのかもしれない。あー、ややこしや。

2008年10月12日

●さようならオリックス

現在クライマックスシリーズ第1ステージ「日ハムvsオリックス」第2戦をYahoo!動画で観戦している。今日負ければオリックスの今シーズンは終わりなんだが、8回で1-7。うーむ、諦めてはいないが、勝つ確率は非常に低い。

東京来てから近鉄→オリックスへの吸収?など、いろいろあったけど、いつの間にか球場に足を運ぶ回数は減ってしまった。今年も開幕すぐに千葉マリンに行っただけ。

高校時代はよく学校終わったその足で、奈良からはるばる大阪ドームまで遠征したものだ。延長12回までみて終電なくなったこともあった。2001年の優勝の瞬間も、ドームで見た。まあ、あのころは他にやることもなかった。

来年は久々にファンクラブに入るかな。

2008年10月04日

●社会主義とIT

共産党のチラシを読んでいて何となく閃いたんだが、資本主義社会の限界をITで打破するというのはどうだろうか。

だいたい世の中のITというのは、ほとんどがITで金儲けするという話で、ビジネスモデルとかもう別にどーでもいいし。社会主義文明におけるIT活用、あるいはIT活用における新主義の創造、これはでかい。でかすぎてどんなもんかわからん。

2008年09月17日

●もうポイなんてしない

エコが叫ばれる最近、「もうポイなんてしない」と槇原敬之に歌わせるというのを考えた。

が、よく考えてみると「もうポイなんてしないなんて言わないよ絶対」だったことに気づいた。

やるな、二重否定の強調。

2008年09月16日

●希望のふりかけ・おかわり

夢や希望はなくてもいい、と言ったが、少し訂正しておく。
夢はなくてもいいが、希望は必要だと思う。
まあ、そう言ってしまうと「夢」と「希望」との差は何だという話になるが、
夢:健康で文化的な最低限度の生活にプラスアルファするもの
希望:健康で文化的な最低限度の生活を送りたいと思う気持ちそのもの
という感じか。

希望を持つというのは簡単そうでなかなか難しい。
でも、まあ、ひとりで生きているわけじゃないから。

2008年08月24日

●希望のふりかけ

夢や希望というのはふりかけのようなもので、あればあったでうれしいが、なかったらなかったで、別に困りはしない。

ない方が好き、という人もいるし、おかずがないときは、という人もいる。
ごはんがあれば、それでよいのだ。

あ、腹減った。

2008年08月10日

●記録か、記憶か。

当たり前なのだが、その日その日に起こったことは、記録しておかなければ忘れてしまう。そして、記録すべきときには、記録する余裕はない。

昔から、旅の最中に自分の写真を撮ってもらうのが苦手だった。あの「写真撮ってもらっていいですか」という台詞が、あまりにも自分の「旅」イメージと不釣り合いだった。その台詞を吐く暇があるなら、旅をする自分に浸りたかった。今でもそうだ。

記録媒体が発達したいま、記録すべきときに記録できる、というのは、記憶するよりも大した才能だ。いや、才能というより、一種の職能か。記録媒体の進化は人間のライフスタイルを変えた。いわゆるITに始まったことではないが。

と、いうようなことを考えるぼくとは関係なく、近鉄電車は伊勢路を急ぐ。

2008年06月29日

●OutBox

携帯を見たら、未送信のメールが102件あった。

なんでそんなにあるんや、という向きもあろうが、その内訳は思いついたことのメモが大半で、送ろうと思って送らなかったメールは3割くらい、か。

とりあえず2件消して、100件にした。

2008年06月26日

●けんかはからっきしでも、三級品でも

「ナルヨウニナル、シンパイスルナ」という言葉について改めて考えていたのだが、これは決して「ヘラヘラ生きろ」とか「考えるのをやめろ」ということを言っているのではない、ということに気づいた。

まず、「ナルヨウニナル」という部分だが、これは一般的には主体性の放棄と解釈される。しかし、ここは字義どおりとれば「成したことには成したことなりの結果が伴う」となるのではないか。

そして、その意味から「シンパイスルナ」に思考を延長すると、「ひとりで心配していても何も始まらないから、何事かを成せ」ということになると思う。

当時の「心配」の意味が現在と同等なのかは検討の余地があるが、とにもかくにも、一休はどこまでも愛すべき存在であるとおもうのです。

2008年06月25日

●ナルヨウニナル

一休宗純が「ほんまにヤバくなったらこの箱を開けろ、難局を打開する方法が書いてある」と言い残した。戦乱の最中、弟子がその箱を開けたらこう書いてあった。

「ナルヨウニナル、シンパイスルナ」

と、いう話を小学校のときに「世界の名言集」みたいなので読んだ気がして、そのことを今日の昼にふと思い出したのだが、本当にこれは一休なんだろうか。前の例もあるので気になる。

ただ、折に触れて思い出し、思い出して良かったと思う言葉の一つではある。

2008年06月12日

●コンカツ

就職活動のことをシュウカツと略すようになったのは比較的最近のことらしいが、結婚相手探し活動のことをコンカツと呼ぶらしい、と最近知人に教わった。

コンカツ。もはやトンカツと大差ない。

2008年06月06日

●R25で朝食を

首都圏限定ネタですが、R25に対抗して。

R125 長寿高齢者のための冥土マガジン

U25 サラリーマンなんかいやだ!ニート・ライフスタイルマガジン
と、いったような話が今日もどこかの居酒屋でなされる、のだろう。

2008年06月05日

●よのなか、よ

前からずっと気になっていたんだが、よのなかのヒットソングは愛とか恋とか歌いすぎちゃうかと思う。他にネタはないのかお前ら、と。

まぁ、他にネタはないんだが。

2008年06月03日

●おひさまの香り

某CMで「おひさまの香り」と言ってたのだが、うるさい中華料理屋にいたため、「おじさまの香り」と聞こえた。

それはそれで流行かもしれない。

2008年05月31日

●部屋と薬師寺と私

私がもっとも苦手とするのはパブリックとプライベートの切り替えで、そういうスイッチみたいなのがオプションでつけられたらいいのにな、と思う。なんか人生というものが、もっちゃりとしたお好み焼きのようにどーんと鎮座している。

それはさておき先週に薬師寺展に行ってきた。日光菩薩と月光菩薩(入力したら学校菩薩にされた、それぐらい変換してほしい)とが奈良から来ていた。光背がなくなって横から後ろから見られるというのが話題になっていたが、まあ横から見たら超感激的になるわけでもなく、それで世界が平和になるというわけでもない。そしてまた肝心の薬師如来は奈良に残っているわけで、それは2010年のお楽しみ、ということか。がんばれJR東海、がんばれ奈良県。

2008年05月11日

●渋谷に死す・第2話

お葬式に出た。

とは言っても身内に不幸があったわけではない。父が仕事でお世話になった方が亡くなったので、その代理である。社葬ということもあって、都内の名刹でとりおこなわれた。

受付でカードのようなものを書いたのだが、亡くなった人との関係を○で囲むようになっており、そこには「会社」「親戚」「友人」などいくつかの項目が並んでいた。

式の帰りに、自分が死んだらどうなるかを考えた。来てほしい人はいろいろいて、この人とこの人には連絡するようにだとか、もう携帯のメモリー全送信でもいいんじゃないかとか考えてみたのだが、途中から面倒になり、もう別に適当でいいや、と諦めた。

小学生の頃、死ぬのがとても怖かったのを思い出した。当時は真剣に1999年7の月で世界が破滅すると信じており(わたしの周囲にはそれが怪しいことを論理的に説明する人はいなかった)、どうすればそこから逃れられるかと、学研の「科学」などを読みながら真剣に考えていた。

当時読んだある絵本作家の本をよく覚えている。Q&A方式の本で、「死ぬのが怖い」という問いがあった。そこに書かれていたのは「年をとって死ぬのが怖くなくなったときに人は死ぬらしい」だとか、およそ本質的ではない回答で、ああもうこれはどうしようもないのだな、と軽く絶望した記憶がある。今読んだらどう思うのだろうか、少し気になる。

死後について考えるなと言ったのは仏陀であった。
しかし、物事にはタテマエと本音というものがあろう。

2008年05月10日

●渋谷に死す・第1話

メガネをなくした。

日吉で飲み過ぎ、渋谷行きの各停で帰ったところぐらいまでは記憶しているのだが、気がつくと渋谷と思しき都会の真ん中にいた。駅構内、などではなく、どこかの坂にいた。そしてメガネがなかったので場所を確認することもままならず、タクシーで帰った。2000円もかからなかったので、やはり渋谷だったのだと思う。

記憶はある程度復元できる。PASMOの出場履歴を見ると、やはり渋谷で出ていた。東急渋谷駅の忘れ物窓口で、メガネを探してもらう。簡単に特徴を話す。「色が違うんですけど、きのう夜に1つお届けがありまして、ご覧になりますか?」と言われたので、ダメモトで「はい」と答える。やはり違った。

そのおねえさんはいわゆるメガネ萌えな人で、私はもう少しで「じゃあ、あなた(のメガネ)をください」と言うのをこらえ、東急渋谷駅を後にした。今日も変質者にならずにすんだ。

2008年04月30日

●GW 04/11 浜松オート、あるいは青葉おでん街

29日は帰省ついでに静岡を旅した。と言っても、浜松オートレース場に行っただけなのだが。SGオールスターオートの優勝戦を観戦。しかし、ハプニングは最終12レースより大分前の9レースで起きた。成績上位の7平田と前日から良化の4須賀から、試走で気合い十分の2高橋を押さえて三連単を買ったら、見事7-4-2と入った。たまには予想ズバリもあるもんやなぁ、と思ったら、配当が

17730円

大した額ではないと言われればそうなのだが、小心者なので一瞬動けなかった。何せ、万単位の配当はしばらく前に東京競馬場で一度取ったきりで、人生2度目である。帰りの交通費ぐらいは浮いた。

優勝戦も買わずに観戦。浜松地元の伊藤信夫も出場していて、それほど人気でもないし勝てそうな状態でもなさそうだったのだが、それでもスタート前は「イトウー!」「ノブオー!」の声援がすごかった。やはり浜松と言えばこの男である。

優勝は飯塚所属の有吉辰也。初のSG制覇となった。

帰りのバスを待っていたときに後ろのお爺さんに話しかけられた。
「そういや、ノブオは何着じゃったのかのう」
「7着ぐらいじゃないですかねー」
まるで我が子を心配するような口ぶりだった。

浜松から鈍行で1時間強、静岡に到着。特に意味もなく地方都市に行くのが好きな私だが、静岡の夜を散策していたら、おでん屋台が建ち並ぶ「青葉おでん街」を発見。静岡おでんというのは巷で話題らしいが、まったく知らなかった。

この道一筋50年、という上越出身のおばあちゃんの店で、酒とおでんを嗜みつつ、戦争の話をした。巨人対広島をBGMに。

2008年04月28日

●GW 03/11 いまひとたびの奈良、あるいはタンポポ

奈良にいて言うのも何だが、今日は奈良観光をした。まずは国立博物館で「天馬」展を見る。基本はペガサスをはじめとする西洋の「天馬」がシルクロードを伝わっていく様を紹介していたのだが、JRAが協賛していて、現代の「天馬」というかなり無理のあるこじつけで天皇賞特集をやっていた。ただ、馬という生き物はそもそも夢やロマンの対象とされてきたのは確かにそうで、そのあたりの情感が競馬とその他のギャンブルを心理的に隔てる原因になっているのだろう。

あと、国立博物館は新館の特別展だけではなく、ちゃんと旧館の常設展も行ったほうがよいということに今日気づいた。仏像の何たるかをしっかり学ぶには最適の場所である。あと十年ぐらい早くそのことに気づいていれば、人生もおかしな方向に変わったろうに。

ついでに興福寺に寄る。JR東海の広告に気を引かれたので、国宝館にて八部衆を観覧。阿修羅像の悲しみを含んだ眼差しは、ぎゃあぎゃあうるさい修学旅行生に対して注がれているのではないかと思う。あと、既に胸部以下は損失してしまっている五部浄(ごぶじょう)像を下から見上げたときの表情がいい。あの、「それでもボクは戦わなければならないのですか」とでも言いそうな微妙な悲哀、そして覚悟。久々に鳥肌が立った。

博物館から通算して、国宝を数十個は見た。おなかいっぱいになったところで腹が減ったので、よく土曜日の学校帰りに寄った西大寺駅前の中華料理屋「白鳳」に行こうとするも定休日。仕方なく「よってこや」でラーメンを喰い(まあ、これもよく行ったな)、平城宮跡に向かう。「せんとくん」のおかげで大分盛り上がってきた平城遷都1300年記念事業の様子を見にいくためだ。

しかしまあ予想通り、平城宮跡はおおむねただの野原だった。GWに何かイベントをやる準備や、本殿の復原工事などはもちろん行われていたのだが、その横で少年たちは野球に興じ、ママさんたちは八重桜の下で花見をし、カップルは愛を語り合う。モンシロチョウやアゲハチョウが舞い、タンポポはこれでもかと言わんばかりに黄色く輝く。鳥のさえずり、虫の声、向こうを通る近鉄電車の音、それらに耳を澄ませていたら、軽くうたた寝をしていた。恐らく昔何かがあったのだろう台の上に、ひとり。

だから奈良はやめられない。

2008年04月27日

●GW 02/11 ふるさと、あるいは浄土寺

ふるさとつながりで言えば、播州小野が木下家の出自である。兵庫県小野市。この地名を言っても普通の関西人はわからない。神戸在住でも知らない人が多い。加古川や姫路よりもずっとマイナーな、人口たった5万の小都市である。本日は墓参に行ってきた。

よく考えるとこの付近を観光したことが皆無に等しいことに気づき、阿弥陀三尊が国宝という浄土寺(じょうどじ)に行く。なんでこんなところに国宝が、と半信半疑だったのだが、いざ到着してみると驚いた。阿弥陀堂やら開山堂、八幡神社に鐘楼、経蔵と、とても広い境内である。開基は鎌倉時代に東大寺再興を主導したことで有名な重源。写真の阿弥陀堂も国宝で、現存する天竺様(てんじくよう、大仏様とも言う)の建築物は、東大寺南大門とここだけとか。

靴を脱いで阿弥陀堂に入ると、そこには高さ数メートルの阿弥陀如来が。残る金箔に往時の面影を感じる。後光も鮮やかなラインを描く。特徴的なのは、阿弥陀堂内には、阿弥陀如来含む三尊が中央にぽつりと存在するだけで、周囲を一周できること。西日が入る時刻には、それが天井を反射して、あたかも極楽浄土であるかのように三尊が照らされるらしい。うーむ、重源やるな。

気になった人はぜひ、というような立地にあるものではないのが残念だが、一見の価値あり。

そして、ゴールデンウィークは国宝ウィークとなりつつある。まあ似たようなものか。

2008年04月26日

●GW 01/11 ふるさと、あるいは長谷寺

さて、幸か不幸か今日から11連休である。さっそく新幹線で名古屋、乗り換えて近鉄特急で奈良に向かう。本当は今朝大阪についていたはずだが、そこはまあさておき。

名古屋から近鉄特急に乗る、というのは一部の三重県民および奈良県民だけの習慣だと思われる。大阪に住んでいれば大抵は新大阪まで乗るし、京都なら京都、神戸なら新神戸と駅がある。あるいは、空の便を使うという手もあるだろう。

つまり、多くの人はこの旅の愉楽を知らない。

近鉄特急は横4列でゆったりとしている、といったことが言いたいのではない。むしろ賞賛すべきはその風景である。名古屋を出てすぐ、木曽・長良・揖斐の三大河川。桑名、四日市、津と海沿いの平野を抜けていくと、車窓にしめる緑色の比率が徐々に増えていく。青山トンネルを抜ければ、そこは雪国、ではなくまたトンネル、トンネルの峠越え。名張のささやかな市街すら都会に感じられるようになったら、もう心は田舎モードである。赤目・室生から大和高原に入り、榛原や桜井ののどかな田園風景を楽しめば、八木に到着。奈良中和の誇るスーパーシティ・橿原市である。ほんの少し前まで東京がノーマルだった自分の感覚が、驚くほど変化していることを感じる瞬間だ。

山の中を抜けていく列車のなかで、本を読んだり、何か書き物をしたり。昔のことを思い出したり、これからのことを考えたり。

今日は長谷寺に牡丹を見にいった。長谷寺の人口比率は巣鴨のそれとほぼ同様になっており、若い男二人(まあ、若くは見えないが)という組み合わせは皆無だった。国宝になっている装飾経(金箔などで彩られたお経)よりは、木造の巨大な十一面観音に圧倒された。

うまく表現できないが、そういったものをひとつひとつ見ていく感覚が、何かいつもと違っていた。ただその違いは何かしらプラスであり、「ささやかな幸せ」のようなもので、そういったものを感じるからこそ、私は望郷の念にかられるのだろうと思うGW初日だった。

●マタヤッタ

今日はすでに大阪にいるはずだったのに、まだ品川にいる。

東京が私を引き留めたのだろう。しかし、私は行きます。

無性にジェロが聴きたい。あぁ、ジェロ。

2008年04月18日

●発心

上田紀行の『がんばれ仏教!』(NHKブックス)を読んだのだが、むかし「ブッダも27歳で出家したし、ぼくもそれまでは在家でいる」と言ったことを思いだした。


発心まで、あと2年。

2008年04月14日

●It makes me happy

今日仕事してて気づいたが、情に報いると書いて「情報」か。

なかなか味があるではないか。

2008年04月12日

●義父・賢

潜在意識が私を岐阜に連れ出したわけだが、飛騨高山にいるわけでもなし、結局やることと言えば

ギャンブル


ぐらいしかなく、大垣競輪場で軽く負けてきた。ひとりスーツ姿で浮きまくった。

もう東京に戻った。ただ、こういうあてもない弾丸旅行は悪くない。何をするというわけでもなく、地方都市を眺める。毎月恒例企画にしてもいいなと思う。春は夜バスに乗って。

●義父・健

いま岐阜にいる。というか、きのう気づいたら岐阜にいた。

私のなかの何かが岐阜を求めていたのだろう。こないだの九州旅行でも鳥栖に5年ぶりに行ったが、岐阜も3年ぶりか。駅前もだいぶ様変わりした。

さて、これからどうするか。

2008年04月10日

●いつもそばにいてほしい

不肖木下、この歳になってふと
「ずっとそばにいてほしい」
と思うときがある。今日みたいな雨の日は、特に。


そういう日は、朝から店に行くに限る。

不謹慎だとか汚ならしいだとか批判する向きもあるだろうが、そうやって微妙なバランスを保ちながら生きている。

朝からネオンきらめく場末の店に入って、まずこう言う。
「そば、大盛で」

2008年04月07日

●ふりゆくものは

花見で17歳の少女に出会った。平成生まれということを何かと取り上げる巷のノスタルジーは嫌いだが、7年の差は場の空気をあかく滲ませる。

彼女に夢があって、私に夢がないわけではない。希望、野望、ときどき絶望。誰にでも夢はあるし、誰にも夢はない。

2008年04月06日

●花は桜、男は

きのうから30時間ぐらいずっとチビチビ飲んでいる。酔っては醒め、醒めては酔いの繰り返し。花の結び目ほつれては縫い、縫ってはほつれ。そういえば携帯もほんのり桜色だった。

2008年04月04日

●そんなつもりじゃなく

いまの勤務先はビルの六階なのだが、エレベータがひとつ下の階にとまるたびに、
「誤解です」

と言われて
ドキッとする。


すみません。

2008年04月02日

●生きる

まぁいろいろなことはありますが、あまり難しく考えず、できるだけ簡単に生きる。

イミョンバクにも馬込マサヨシにも、イチローにも電車男にも、桜は咲くわけで。

2008年03月30日

●ホンとの話

けさ本田直之の『レバレッジ時間術』(幻冬舎新書)を読んだんだが、内容はぼくが今年やりたいと考えていたこととほとんど同じだった。世の中に同じような人がいるというのは何となくうれしいもんだ。そして、コレで本書いて儲かるのはうますぎる…。はやく本を出したい。

中に、クリエイティブな仕事は時間で区切るのは難しい、みたいにちょこっと書いてる部分があった。それはまさにぼくが直面している課題である。課題はさておき、今から千葉マリンスタジアムに行く。京葉線の201系電車に揺られて。

2008年03月28日

●テラバイト時代

ゴールデンウィークの5月2日は会社の創立記念日で休みらしい。1日もメーデーにかこつけて休みらしく、やたら長い連休になりそうな予感がする。

そういや中高の頃も、1日は遠足、2日は聖武天皇の命日で休みだった。2日は東大寺で聖武祭という祭りがあり、仮装行列のバイトをしたこともあった。ほかにも正月の売り子バイトなんかもあって、ぼくら生徒は「寺バイト」と呼んでいたものだ。

世間を遥かに先取りして、テラバイト時代を生きていた。

2008年03月27日

●落ちろ

いまテレビで「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」を初めて見たのだが(基本的にあんまりテレビ見ないのです)、あれは一発ネタが終わったあとに下に落ちるという装置を発明した人が相当偉いと思う。人類共通の課題であった「一発ネタが終わったあとの余韻がつらい」という事象を「消える」という技で見事に解消している。

オチ、とはよく言ったものだ。

2008年03月26日

●あたらしい酔拳のはなし

mixiを携帯で見ると、みんな面白いことを書いているなと思う。自分がもし面白い書き手だったら、きっとこの面白さは理解できなかっただろう。面白くなくて本当によかったと思う。

しかし私の周囲だけ、やけにレベルが高いような気がするのだが。実は酔って記憶がないうちに、面白い文章の書き方を教えているのかもしれない。

2008年03月17日

●タイイクカイケイ

ふと思ったんですが、日本には体育会系と文化系(文化部系?)のふたつの流派があって、その対立を理解しないと日本文化はもとより日本でのビジネスは成功しない、みたいな本は英語で出てないんですかね。

10万部ぐらいは売れそうな気がするんですが、誰か書きませんか?
あ、そのふたつがせめぎあう小説でもええね。出落ち感がムンムンで。

2008年03月15日

●葬送列車に乗って

寝台急行銀河のさよなら運転に2000人のファンがつめかけたらしい。テレビで見た限りでは、携帯で写メールとってた人も多かったので、相当数の野次馬もいたと思われるが、大したものである。

そもそも、鉄道のさよなら運転というのはいたく葬式的だ。別に普段は急行銀河の存続運動なんてやってもいない連中が、別れを惜しむという理由で集まり時間を共有する。それは何となく、普段は会わないような親戚が一同に会して酒を酌み交わす葬式を彷彿させる。きっと3日もすれば銀河のことなんぞ脳内から99%消えてなくなり、ときどき思い出して懐かしむ程度になる。ときには「昔、寝台急行銀河っちゅうんがあってなぁ」などと語る夜もあろう。

そう思うと鉄道というのは廃線跡めぐりなどと言い、とても思い出派な趣味である。自分にとって何ら本質的ではない別れを体験することで得るカタルシス、それが鉄道の醍醐味なのだろう。もちろん他にもたくさんの醍醐味があることはよく知っているつもりだが。

2008年03月06日

●イベント駆動型歴史叙述

▼歴史はずるい、と思う。彼はあったことしか語らないし、語れない。
マスコミでも何でも、ある出来事に変化が「あった」ことを語るのが基本である。我々はその背後に何が「なかった」のかを考えなければならない。

▼歴史上語り継がれる偉人とは、みな何かを「為した」人だが、何も為さずとも偉人にはなれる。

そしてまた、偉人にならねばならない理由などない。我々はただここにいま「在る」だけで、それに意味などないのだから。

平和、というのはそういうことだろう。

2008年03月05日

●東京の夜は7時

珍しく仕事が早く終わっていま電車である。ものすごく飲みにいきたいが今日は相手がいないのでまっすぐ帰りそう。こんなのは年明け初めてかもしれない。

「東京の夜は7時」という歌があったが、あれは単に時間を言ってるんじゃなくて、「春はあけぼの」の「は」と同じ用法なのかもしれないと、遠くネオンがささやく。

2008年02月22日

●ゴジラ対ギョーザ

最近巷でギョーザが話題になっている。あまり良くない話題のような気がするが、それはさておき僕が気にしたいのはギョーザだ。

ギョーザ。

餃子、でもよいが、ギョーザである。この文字列を見たあなたはニラやニンニクの香り、中から溢れ出す肉汁、王将、そういったものを想起するだろう。しかし、ここはぐっとこらえて、虚心坦懐、文字列を見つめてほしい。

ギョーザ

ほら、何かこう野蛮なものを背中に感じないだろうか。うじゅるうじゅると触手を伸ばしたかと思いきや瞬く間に人を感電死させるような、そんなイメージを。

具体化させてみる。
ゴジラ対ギョーザ

結構戦えそうな気がしないだろうか。あるいは、

ゴジラ対ヘドラ
ゴジラ対ビオランテ
と対置させてもよい。ギョーザも彼らと伯仲する予感がしてくる。
ちなみにギョーザには双子の兄、ギョーダがいる。こちらのほうがもっとやばい気配を漂わせていると感じるのは僕だけではあるまい。彼は埼玉北部に棲息していると聞く。

2007年09月20日

●[雑談18]King of Athlete (前編)

"King of Athlete"という称号をご存じだろうか。陸上の十種競技(デカスロン)の選手をこう呼ぶのである。

十種競技は日本では非常に知名度の低い競技なのだが、欧州をはじめ世界では人気は高いらしい(実際どれぐらいのもんなのか私も知らんが)。初日に100m、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400mの5種目、2日目に110mハードル、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500mの5種目をこなすこの競技。それぞれの結果が点数になり、その合計点で競う。走って、投げて、跳んで、すべてに一定のレベルが要求されるし、スタミナも必要だ。

そんな「スポーツ万能」を極限まで追求した男たちの戦いを、先月、大阪まで観に行ってきた。世界陸上大阪2007。

各競技を極めたスペシャリストの技も美しいが、すべてに秀でるジェネラリストの技も捨てたものではない。そして、各競技に得意不得意があるし、ファールのある競技では「記録無し」が絶対に出せないなど、単体競技にはない面白さもある。何よりも感動的だったのは、10種目を終えた選手達が1500mのゴール地点で抱き合い、お互いの健闘を称えるシーン。そして、その後のウィニングランである。

ほとんどテレビ中継されることのないドラマの一端を、少しでも広めたいと思い、筆をとることにした。北京五輪のテレビ中継枠が少しでも増えることを願って、選手たちを紹介してみたい。

[大会結果]


~選手紹介 その1~

[金]ローマン・シェブルレ(チェコ)8676点
ご存じ(ではない人も多いだろうが)、世界記録保持者。人類で唯一9000点を超えた男である。33歳、もう全盛期は過ぎたという感があったが、今大会は存在感を見せつけた。最大のライバルであるブライアン・クレイ(アメリカ)の途中棄権もあったが、伏兵モーリス・スミス(ジャマイカ)を9つ目のやり投げで大逆転。71m18の自己新をマークしたあたり、まだまだ来年も、と感じさせるに十分だった。8種目めの棒高跳びでは、自己記録5m20よりはるか低い4m40から始め、いきなり2回失敗。次も失敗すれば記録なしとなるところを、きっちりクリア。最終的には4m80にまとめた。正直あのとき私はシェブルレ時代の終焉を予感したのだが、まだまだしぶとい。

[銀]モーリス・スミス(ジャマイカ)8644点
わずか32点差に泣いた漆黒の弾丸。世界大会の実績もなく、前評判は特に聞いていなかったのだが、棒高跳びまではトップをキープする大健闘を見せた。彼の魅力は、砲丸投げの回転フォーム。しゃがんだ態勢から半回転振り返って投げるフォームの選手が多い中、彼だけが専門選手のような美しい回転フォームを見せた。17m32はトップの成績。その他、棒高跳びでは自己記録4m55を大幅に更新する4m80を跳んだ。27歳、まだ伸びる逸材。北京が楽しみ。

[銅]ドミトリー・カルポフ(カザフスタン)8586点
中央アジアの若き鉄人。アテネ銅メダリストの26歳。トップに立つことこそなかったものの、終始3位前後の順位をキープした。終わってみればシェブルレに100点差もないシーズンベスト。こちらも北京に向けて調整してくることだろう。

2007年09月11日

●[雑談17]日本三大キノシタ

日本三大キノシタ、をご存じだろうか。

鉄道の話である。そして、世間的に統一見解があるわけでもなく、わたしが勝手に付けた名前である。

先日東北旅行にて、ついにわたしは日本三大キノシタ踏破を果たしたのだった。

で、日本三大キノシタというのは以下のようになっている。

1. 木下(きおろし)JR成田線・千葉県印西市
2. 木ノ下(きのした)JR飯田線・長野県上伊那郡箕輪町
3. 杜せきのした(もりせきのした)仙台空港鉄道・宮城県名取市

キノシタ絡みの駅というのは、恐らくこの3つ(他にもあったらごめん)。そして、3の杜せきのした駅に先日行ってきた。何をするというわけでもなく、行ってきた。写真を撮った。しばらく佇んで、また戻った。

この駅は、開業前は「関下」(せきのした)という仮名だったそうだが、ひらがな名になったことにより急遽日本三大キノシタに名乗りをあげたのである。今後も他の駅と協調しながらキノシタのアピールに努めてほしいものである。たぶん。

2007年09月07日

●[雑談15]人は見た目が9割9分

我が神奈川選挙区の小林温参議院議員が辞職した。まあ、安倍さんの絡みもあれば、連座制適用されてから再選挙しても民主党が勝ちそうなんで、それなら次点の公明党議員を、とかいろいろ思惑はありそうだが。

政治家は清廉潔白であるべきとよく言われるが、ぼくはそれはあまり好きではない。特に私生活のスキャンダルは、政治家としての手腕とは全く関係ないと思う。「ぶってぶって」の某議員も、一般人をぶたへんかったら、まあええんとちゃうか。

しかし、ふと考えてみると、別にこれは政治家に限ったことではない。普通のサラリーマンをやっていても、実際の仕事の出来よりも、仕事場での振る舞いの方が、評価との相関性が高い気がする。「挨拶はきちんと」とか言われるが、別に挨拶できなくても仕事ができる奴はできる(まあ業界にもよるけど)。政治家ではないのでプライベートまでは言われないが、結局人は見た目が9割9分ぐらいなのか。

2007年07月31日

●[雑談14]やはり、その一球がドラマ

ぼくは基本的に「流れ」というものを信じていない。けれども、「流れ」の存在を信じる人々が集結したとき、それがある種のエネルギーとして目に見えるものとなることは、否定できないと思う。特に、高校野球という舞台においては。

先週の日曜、神奈川県大会の決勝を横浜スタジアムで観戦した。昨年の奈良県大会に続いて2度目の県大会決勝である。甲子園出場チームの数だけ、あと1勝で涙を飲むチームがいるのだ。

カードは東海大相模vs桐光学園。横浜と慶應という強豪校をそれぞれが破っての決勝進出である。ほかにも桐蔭学園や日大藤沢といったチームがあるわけで、さすが神奈川、194チームあるだけのことはある。しかし、2000年春センバツ優勝など、甲子園の常連かと思われがちな東海大相模、実は勝てば30年ぶりの夏なのである。対する桐光は2002年と2005年に出場、勝てば2年ぶり3回目となる。

試合は一進一退の攻防、追いついて逆転、また逆転という凄まじい展開となった。5回を終わって4-6、6回表に桐光が1点差に詰め寄り5-6。しかし6回裏、ある「流れ」が生まれた。

桐光が詰め寄ったものの、東海大相模は再び点差を開き5-7。さらに1人ランナーを置いて、センターの頭上を破るタイムリーヒットで5-8。センターはバックしていったものの、ボールは外野フェンスに当たり大きくバウンド、ボールは逆にセカンドベース側へと転がる。打った相模のランナーはサードベースを蹴る! ここで桐光も捕球してバックホーム! クロスプレーに観客全員が息をのむ。

「アウト!」主審の手が空に突き上がり、桐光スタンドから大歓声が沸き上がる。しかし、キャッチャー奥野が動かない。クロスプレーで負傷したのだ。「よくやった」と言わんばかりの拍手の中、両肩を担がれベンチへ帰る奥野。

冷静に考えれば1点差に詰め寄られたのを3点差に突き放したイニングで、勝負あった、となってもおかしくない。しかし、勝負は逆の意味で、もうついていた。7回、連打でノーアウト1,3塁とされた東海大相模のエース菅野に、もはや力はなかった。いや、桐光が作った「流れ」が、彼の力を奪った。2点タイムリーに犠牲フライで8-8の同点。そして9回表、2アウトからの連打で桐光が2点勝ち越し。9回裏はノーアウトのランナーを出したものの、ピッチャー菅野三振のあと、ファーストライナーがダブルプレー。あっけなく幕が下りた。

桐光022001302/10
相模203102000/8
桐光学園は2年ぶり3回目の出場

東海大相模の夏は、今年も甲子園の土を踏むことなく終わった。しかし、選挙という大人の「戦い」の裏で繰り広げられた、高校生の「戦い」は、ハマスタにいた誰もが忘れない。


あと一票あと一球と蝉の鳴く 修司

2007年06月20日

●[雑談13]愛慾メールの世界

「迷惑メールは迷惑やと思うから迷惑メールになるんや!」と口うるさく言うようになって3年ぐらい経過したが、その思いは今でも変わらない。メールアドレスを変える前に、お前のその根性を変えろ、ということである。どこからか知らない人から出会い系やら怪しげな物売りやらのメールが来る、という行為自体は、そんなに気持ち悪いものではないと思う。むしろ興味深い。

敢えて言うならば、出会い系サイトなどの広告メールは性的に露骨な表現が目立つ、ということだろうが、それをイヤだと思う人は、とりあえず「自分はどうしてイヤなんだろう?」ということについて、30分ぐらいは考えてもらいたい。

私は迷惑メールのことを「愛慾メール」と呼んでいるが、毎日何十件という愛慾メールを読むのを密かに楽しみにしている。大抵はしょうもないので一件平均3秒ぐらいだし、そんなに時間をとられることもない。そして、時々大爆笑を誘うようなメールもあるのである。去年は当たりが5件ぐらいはあった。時期が来れば紹介したいと思う。

流通と性の商品化の関係性は、そもそも愛慾メールに限った話ではない。家庭用ビデオの普及とAV、インターネットの普及と18禁エロサイトなど、それなりの歴史がある。それらは古代からの「人間流通の活性化に伴う性的広がり」からつながるもののような気がしている。まだ酒の肴ぐらいにしかならんけど。

2006年12月21日

●[雑談12]恋人たちのメリーブディスマス

夜に飲み会があるから更新できない、と思っていたが、単に昼間に書けばいいだけのことであった。今後は朝とか昼に書くことにする。

さて、怒濤の忘年会シーズンが来ようとしている。今日から 26日まで6日間で9回の予定。これはいったい何なのか。そんなに年末になったからと言って飲み会をしなくてもよいと思う。そして思うのは、新年会が少ない。そりゃ早く飲みたい気持ちはわかるけど、これほどまでに年末と年始の比重が変わってきたのは、わたしの中では大学生になってからのことだ。

忘年会と新年会の比率の研究、なんてことを社会学で研究している人はいないと思うが、まあワタミとかならマーケティングしてそうやな。わたしの実感としては8:2ぐらいだが(会社も忘年会しても新年会ってやらなくないか)、それが歴史的にどう変化してきたのかは調べられたら面白いかもしれん。まあ、調べるのが無理か。

なんとなくの予想だが、クリスマスが商品価値を持ち出したあたりから、年末の比重が重くなってきたのではないか。クリスマス商戦がいつから始まったのかさえ、わたしは知らないし、調べるのも面倒だが。

そして、クリスマスイブに予定がない人が言う「イルミネーションは天皇誕生日を祝ってるんだ!」という系統のネタも、そろそろ聞き飽きてきた。これはもちろん平成以降のことだし、何となく平成二桁に乗ってからぐらいの言説かなぁと思うが、昭和末期と平成初期をなにかの物差しで比較できれば面白そう。もしかすると、多少は年末の比重を高めているのかもしれん。う、もうすぐ昼休みが終わる。今回はネタを投げておしまい。みんな、Merry Buddhistmas!

2006年10月30日

●[雑談11]昔の私と今の私

このブログを読んでいる人の何%かは、私が昔メールマガジンをやっていたことを知っているかもしれない。パソコンってのは便利かつ恥知らずなので、マウスをちょちょっとやれば、すぐにそれが見られる。前身であったホームページの内容を引き継ぎつつ、高2の4月からまる2年間、270号ぐらい発行した。久々にいくつか読み返してみた。なんかもう、胸がきゅうんとなって液晶モニターに正対できなかったけど、読み返してみた。以下気づいたこと。

1.結構考え方は変わっていない。
2.とても、とても恥ずかしい
3.しかし、面白い。いくつかのコーナーがあるあたり、このブログに似ているのだが、正直面白さだけなら今より上ではないか。

作家の原田宗典が、自らの学生時代の読書記録にツッコミを入れた本があった。出た当時、「こんな風に自分を振り返るのをアピールするのはイヤやなぁ」と思った記憶があるが、それが面白かったら何でもありなのかもしれん。うむ。

人生を振り返って懐かしむには若すぎるが、自分の方向性を確認するには、たまにはこっそりとパソコンの画面を見ながら「胸をきゅうん」とさせる必要があるのかもしれない。そして偶然にもコンポからは中島みゆきの『ノスタルジア』が流れる。

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ノスタルジア ノスタルジア抱きしめてほしいのに
ノスタルジア ノスタルジア思い出に帰れない
ノスタルジア ノスタルジア何処まで1人旅

2006年09月26日

●[雑談10]安倍晋三と私

このタイトルを出すのにわざわざヤフーのニュースをチェックしてしまった。厄介なのは「安倍」である。「安部」でも「阿部」でも「阿倍」でもなく「安倍」。ほら、もうわからなくなってきたでしょ。「晋三」を「新三」や「晋蔵」と間違えるよりもずっと確率が高そう。

試しにGoogleさんをやってみると、
安倍晋三 6,480,000
安部晋三 475,000
阿倍晋三 43,300
阿部晋三 20,900
となった。このうち3番目の「阿倍」以外は、すべて1番目に出てきたのが衆議院議員「あべ晋三」のウェブサイト。ちゃんと最適化されてますね、さすが。

総理大臣の名前はこれからもテレビ番組で使われそうやけど、パソコンで入力すると同音異義語がどうしても判別しにくくなるのは事実。まだ意味で分類できるものならいいが、「部」と「倍」を区分しろと言われて、できる日本人はそうはいない(ぼくもようわからん)。大阪の近鉄電車の駅「あべの橋」は「阿部野橋」だが、大阪市の区は「阿倍野区」らしく、もうわけがわからん。

昔やってたテレビでよく覚えているのは、「あべ」という名字の人はあだ名が99%「あべちゃん」であるという話の調査。確か100人中98人ぐらいがその通りだったという仰天の結果が出ていたと思う。安倍晋三も「あべちゃん」やったんかな。政治の話はまたこんど。

2006年08月04日

●[雑談9]その一球がドラマ

「どうして高校野球の応援をする女の子はあんなに泣くのか?」という話を寮の後輩としていたのだが、別に泣くのは女の子だけではない。いつも野球を見てきた多くの人々が、心の中ではらりと涙を流す、それが甲子園、そして高校野球というものである。

先月30日、奈良県大会の決勝を観に行ってきた。

天理対斑鳩(いかるが)・法隆寺国際。奈良県初の夏4連覇を目指す天理は準決勝で強豪・智弁学園を下した。事実上の決勝を制した勢いで、一方的な試合になるのではないかと思っていたのだが、私が県立橿原球場に到着した3回表ではまだ0-0。しかも4回、斑鳩・法隆寺国際は二塁打からバントと犠牲フライで先制する。予想外の展開だ。

斑鳩は最近こそ03,04年に春センバツに出場したが、夏は勝てば初出場。天理、智弁、郡山の奈良3強以外の出場となると、実に1969年以来となる。しかも、片桐高校との合併で、「斑鳩」の名前で出場できるのは今年限り。既に1,2年生は法隆寺国際高校の生徒であり、今年は合同チームでの出場である。

6回にもエラーとタイムリーで2点を追加、7回に2点取られるものの、ピッチャー永田の変化球は終始冴えわたる。いよいよ9回。大会通して抑えとして活躍してきた山添がピッチャーに入り、永田はライトへ。1人抑えるが、連打に好走塁も重なり2,3塁、逆転サヨナラのピンチ。永田が再びマウンドに上がる。ここであいつに投げさせなければ、そんな選手の思いがにじむ監督の采配。4番主将の藤原を敬遠して満塁策。対するは5番、今日ノーヒットの高橋。

永田の渾身の一球は、高橋のバットに当たる。地面に叩きつけられたボールは大きくバウンドし、前進守備のショートの頭上を越えていった……。
斑鳩000102000 /3
天理000000202x/4
天理高校は4年連続23回目の出場

終了後、一緒に見に行った友人と話した。結果論ではあるが、前進守備にせず1点は仕方ないと割り切っていれば、ダブルプレーで試合終了だっただろう。しかし「1点もやれない、延長になったら天理には勝てない」という判断。あそこで彼らに前進守備をさせたのは、監督ではない。春夏あわせて全国優勝3回の強豪が積み重ねてきた「天理」という、名前そのものである。勝った天理も、負けた斑鳩・法隆寺国際も、そしてスタンドの観客も、みんなが泣いていた。青空から照りつける日差しがまぶしかった。

▲試合終了後、応援席前で整列する斑鳩・法隆寺国際の選手たち

2006年06月18日

●[雑談8]ワールドカップと私

日本対クロアチア戦が終わった。何千人、いや何万人という数の人々が自らのブログでその試合の感想やらを書きつづっているのだろう。街中にはとりあえず盛り上がりたいファンがあふれ、とりあえず飲みたい連中が酒場に集まる。

前回の日韓共催のとき、私は東京に来て1年目。右も左もわからない大学1年生だったが、世間の狂騒ぶりはよく覚えている。秋葉原の電気屋のテレビにできた外国人の人だかりは、さながら昭和30年代の日本のようであった。しかし、あの時ほどの盛り上がりはないにしても、「ワールドカップに自分の国が出る」ということが半ば当然のようになったというのは、ものすごいことではないか。

だいたい、あるスポーツが国民的になるためには、「ただ騒ぎたいから騒ぐ」という連中が登場する必要がある。サッカーは4年前、見事にその仲間入りを果たした。去年のディープインパクトも、「競馬で騒ぐ」という新たなジャンルを開拓したように思う。少し前で言えばそれは松坂大輔だし、もう少し戻れば若貴と曙の大相撲である。どれも、普段興味のない人々をものすごい勢いで巻き込んでいった。

もちろん、マスコミやら広告代理店の戦略があることは間違いない。けれども、地方競馬や競輪、競艇などの現実を見ると、サッカーをはじめとするスポーツを羨望の眼差しで見ざるを得ない。唯一救いがあるとすれば、同じサッカーでも、地域密着でそれなりにやっているJリーグだろう。地上波の全国テレビ中継が少なくても、何とかなる。新潟に行けばアルビレックス一色だし、徳島に行けばヴォルティス一色というのは私も見た。インターネットやケーブルテレビなどのインフラ普及は、マイナー競技存続の夢をつなぐのかもしれない。

2006年06月11日

●[雑談7]印哲を捨てよ、町へ出よう

「キノシタさん、ですよね」
先日とある授業で、見知らぬ女学生に声をかけられた。
「はい、そうですけど」
「キノシタさんってインド哲学なんですよね!」
東京大学文学部思想文化学科インド哲学仏教学専修課程。通称「印哲」。これが私の所属である。

その女学生(Aさん、としよう)は、私が別の授業で仲良くなった女学生Bさんの友人らしい。Bさんが「最近インテツの人と仲良くなったんだよー」とAさんに話し、「私も授業にインテツの人いるよー」とAさんが答え、話していくうちに同一人物キノシタであると判明し、上記の会話になったわけだ。

Aさんは真顔で「東大の印哲出ると仏教界の重鎮になれるってホントですかー」と私に訊いてきた。友人の僧侶(同級生)の話によると、確かに学問的には一定ラインであると認められるのは事実らしい。けれども、出家もしてないのに印哲卒業したからと言って、即重鎮、なわけないやん。東大生、しかも文学部生でもこの程度の認識なのである。

しかし、だからと言って彼女たちが悪いわけでもない。文学部はとにかく縦割り社会で、他の学科の授業にそんなに出なくても卒業できてしまうし、出たとしてもゼミではない講義だから存在感はない。しかも「世を捨てて進学する」とイメージされがちな印度哲学の場合、長年にわたって形成されてきたイメージがある。私たち学生も、それを払拭しようという努力もなく、なんとなく日々のサンスクリット語やらパーリ語やらの学習にいそしむ。

私などは学習にいそしみなさすぎで、それも問題なのだが、世間一般はともかく、そこそこ賢い連中にさえ「哲学」と付くと特別視される(インド、などと付くと辛さ3倍増である)状況は、何とかしなければならないのではないか。哲学がすべての学問を統括する時代はとっくの昔に終わったけれども、動物園のゾウになるために哲学やってるわけではない。難しい議論をふっかけろと言うわけではない。何かしら別の場所で「存在感」を示さないと、いつまでたっても「珍しい」だけのインテツで、「あたしには関係ない『仏教』」のままではないか?

印哲を捨てよ、町へ出よう。

2006年05月25日

●[雑談6]秋葉原と私

月火と更新をサボったのには理由があって、我が愛するOwltech製キーボードが突然動かなくなったのである。USBポートが壊れたのかと思い、いろいろ差し替えてみても変化なし。マウスはUSBで認識されてるし、何なんだと苦悩。

TS281166.JPG
見よ、この「キモカワいい」キーボードを。「キモキモい」と一部から評されたこともあるが、まあそれはさておき。仕方ないので買ったときのレシートを携え、雷鳴轟く闇夜の街へ、一路ひととび秋葉原。

TS281165.JPG
ネオンが雨でにじむのは結構好きなんだが、Gパンがぐしょぐしょになるのはいただけない。某店のサポートセンターに行き、キーボードを取り出す。お兄さんがむきだしのマザーボードに我が愛するキモカワキーボードをつなげると、

動く!んだよこれが。思わず「えー、なんで動くん?」と言ってしまった。

OSの問題やらUSBのデバイスマネージャの問題やら、いろいろ話をきいてそのまま退散。仕方ないので、別店でUSBじゃなくてPS/2接続のジャンクキーボードを200円で購入。いまそれでバチバチ入力しております。もう…。

しかし思えば秋葉原に夜に来たのも久々だった。電気街というよりエロの街と評されがちなここではあるが、電気屋も健在である。私はエロ、ノンエロ?問わず2次元にはあまり興味がない人間だが、それでも秋葉原は楽しい。電子音や基盤、パーツなんかはあんまり自己主張が強くないので、池袋のジュンク堂に行って「ああ、こんなに本読めるわけないよな…」と絶望するような事態にはならない。

そんな私はAボーイじゃなくてAボーズや、という話をきのう昼間に学校で、偶然会った飲み友達S嬢と話していたのだが、結構ウケた。A-BOSEと書くとなんか新しいスピーカーみたいやん。

2006年05月16日

●[雑談5]大相撲と私

相撲が好きなのだ。大相撲をやっている時期は、夕方家にいればずっとNHK総合テレビを見ているのである。今日火曜日などは時間割の関係で16:40-18:00がヒマなのだが、この時間相撲を見られるカフェとかないのだろうか、本郷には。あ、居酒屋行けばいいのか。

そもそも祖母が相撲好きで、小学生の頃から一緒に見ていたのがはじまりだろう。兄貴が1つ上にいたので、よく家で相撲をとったりもした。ソファーの方向にしか投げてはいけないという特殊ルールがあって(机側に投げると血が流れる。いろんな意味で)、しかもマワシなどないから当然首投げぐらいしかうてない。あれはソファーの寿命を短くしたな…ごめんなさい。

きのう友達に「相撲が好きだ」という話をしていたのだが、「どこが面白いの?」と返されて窮してしまった。改めて考えると何なんだろう。当然「よく見ていたから親しみがある」というのが筆頭だろうが、「ほかの格闘技よりルールが簡単」「短時間で何試合も楽しめる」などというのもあるかもしれない。PRIDEやK-1はそんなに観ないしなあ。

さて、そんな私の今場所の注目は、奈良県出身の大真鶴(だいまなづる)が西十両筆頭で勝ち越せるかどうか、である。おそらく勝ち越せば力櫻(りきおう)以来の奈良県出身幕内力士の誕生だろう。思えば力櫻も将来を期待されていたのに、1997年突然の失踪&廃業。どうしているのかと思いきや、ちゃんとプロレス界で活躍し、この前は曙とタッグを組んでいたらしいではないか。人生何とかなるもんやな。


さて、今日も「大相撲・幕内の全取組」を観てから寝るとしよう。

2006年04月22日

●[雑談4]休日と私

学生生活ってのは休みばっかりみたいなもんで、何にも出かける予定がない日というのはほとんどないのだが(私だけ、という説もある)、今日は久々に何もなかった。正確には、予定のいくつかをなかったことにした、というところか。

ということで終始寮でゴロゴロ…しているわけもなく、出かけてしまった。神保町に古書漁り。久々の神保町はまた様変わりしていて、「こんなに本読めるわけないよな…」という絶望感に浸る。しかしながら何冊か買ってしまう。土曜日の神保町というのはなかなか賑やかで、同じような目的の人々ばかり。

休みの日にゴロゴロできないから、学校がある日にゴロゴロしているのかもしれん。人間の限界を感じる。仕方ないから今から競馬中継見ながらゴロゴロします。しかしやることは山のようにあるわけで…この性格ばかりは10年ほど変わっていない。

2006年03月29日

●[雑談3]街頭劇の季節

飲みに出かけると大抵どこかの大学が卒業式をやっていて、街中に袴姿を見る。かくいう私も普通に進級していれば卒業の年なので、卒業旅行にかり出されたり、追い出しコンパをやったりと忙しい。ひとり東京を離れていよいよ今年で最後、と思いつつも後ろ髪をひかれる。今年から東京で働く、という高校の友人もいる。

雪どけて桜咲くこの季節を年度の区切りにしたことは、何とも抒情的である。四季があることこそが日本の美だという陳腐な言葉にさえ、思わず頷いてしまう。

「卒業」という二文字をタイトルにした幾多の歌があったが、そういえば「入学」ソングというのは少ない。「♪どっきどきの、いちねんせー」ぐらいではないか。まあ無理もない。新天地の不安というのはただ漠然としたもので、歌にできるような「記憶」と結びつく種類のものではない。過去は歌いやすいが未来は歌いにくい。

あと仮説として考えられるのは「卒業」という擬似的な離別に目を向けることによって、さら重い離別、たとえば「死」などから目を背けるという効果だ。悲劇を観にいって涙を流しても、別に身内が死んだわけではないのと同じである。多くの人々はこの季節、そして桜の花弁やなごり雪にカタルシスを求めている。それが新生活への原動力ともなるのだろう。茶番の季節とあざ笑うこともできようが、日本中至る所で街頭劇が演じられる、ドラマティックな季節だと考えたい。

2006年03月04日

●[めんどくさい 1]mixi

突然だが、私は「めんどくさい」男らしい。特に酔っぱらうとタチが悪いようで、いままで迷惑をかけてきた数多くの友人には、この場を借りてお詫びしたい。ごめん!

まあしかし、面倒くさいものは世の中にいくらでもあるのである、と思って始めるのがこのコーナー。手始めにmixi(ミクシィ)である。もう最後の「ィ」からして面倒臭い様相を呈しているが、実際に面倒臭い。日記を書いたり人の日記にコメントつけたり、知らない人と友達になったり…。何なんだ、これは。

そういう私もいちおうやっている(名前で検索してもらえれば出ます)んだが、自分から他人に接触しようと試みたことがない。何よりも怖いのは、自分のページに来た人がわかる「足あと」機能である。ネットサーフィン同じくぼんやり他人のページを覗いていると、後日「そんなコソっと見に来ないでください」などという批判すら飛んでくるという。この機能を恐れて、他人のページぶらつき専用のアカウントを取得する人すらいるらしい。秘密警察か、お前は。

mixiに関する記事などは大概にしてこの「めんどくさいからmixiできない人たち」について触れていない。mixiニートとでも言おうか。そもそもパソコンの発展自体が急すぎて、私の世代であっても、プログラミングやらLinuxサーバー構築やら、バリバリと仕事をこなす人がいる一方で、WordやExcelの操作すら覚束ない2本指ユーザーもいるのである。むしろ後者が多いのではないか。

当然のことだが、mixiなどのソーシャルネットワーキングサービスが必須スキルになる社会など来てほしくない。彼らmixiニート、あるいはパソコンニートたちの不眠不休の努力によってその到来は妨げられているが、バリケードはいつ破られるのかわからない。まだまだ注視が必要である。

と、ここまで書いて「××ニート」という造語も相当面倒臭いことに気づいた。やっぱり私はめんどくさい男なのか。

2006年02月27日

●[雑談2]トリノ五輪と私

 トリノ五輪が終わった。いまちょうどNHKで、総集編を兼ねたドキュメントを放送している。日本選手の話に限定せず、マイナー競技にもちゃんと触れるあたり、NHKとしての責務を果たしておるなぁと感心する。

 メダルは荒川静香選手の金ひとつだけであった。やたらと4位が目立ったし、それに注目すべきだという論評もちらほら見かける。カーリングの思わぬ人気沸騰など、さまざまなことがあったが、まあそれをここで語っても仕方ないのでやめる。オリンピックと言っても所詮カタルシスを求める程度であり、テレビゲームと大差ない。すべてブラウン管や液晶の中の出来事だ。

 さて、「トリノ五輪と私」ということだが、よく考えると「ソルトレークシティー五輪」の記憶がない。1998年の長野は鮮明に記憶しているにもかかわらず、である。日記を読み返してみると、確かに無理もない。4年前は大学受験の真っ最中でオリンピックどころではなかったのである(しかし、カーリング男子決勝については記述があった。恐るべし4年前の私)。
 しかし本当にそれだけか。記憶生成のシステムは意外と単純なので、マスコミの影響ということもありうる。彼らが最近放送していたのが、長野五輪でのメダル獲得時の映像ばかりだったのではないか、ということだ。まあ、それをどうこう言うつもりはないが。

 あと驚いたのは、私の周囲は意外とオリンピックを見ていた、ということである。普段スポーツ観戦なんぞに興味がない人々の一部は、オリンピックになると「え、オリンピックやってるのぉ? しらなかったぁー。うん、ぜんぜんキョーミないしー」というスタンスを、さもそれが偉いかのようにアピールするので辟易していたのだが、今回はそういった人間を見なかった。むしろ、やれモーグルやれスノーボードクロスと、オリンピック観戦に自分なりの愉しみ方を見出している人が多かった。日本社会全体がどうであったかは知らないが、これは私個人としてはうれしかった。もう一度書くが、いかにオリンピックとは言え、ブラウン管や液晶の中の出来事なのだ。あ、総集編が終わった。

2006年01月26日

●[雑談1]思わぬ掘り出し物

テストやらレポートやらで忙しく、まとまった文章を書けない。いきなり暗雲たちこめるブログ。

バイトに行く前に少し時間があったので、HMVで試聴しまくってやった。
全然知らない連中の歌を聴くのは楽しい。思わぬ掘り出し物がある。

そういえば今日久々に古本屋に行った。これもゼミまで時間があったからなんだが、
同じように思わぬ掘り出し物がある。掘り出し物、それも闇に光をあてるイメージか。