2007年01月15日

●[おしえて!仏教 7]ホントの仏教入門

全然勉強が足りていない私であるが、それでも形式的には?インド哲学仏教学研究室に所属しておるわけで、友人連中から見れば仏教界代表なのである。ということで、ここ半年ほど「一番良い仏教の入門書は何か?」というのを考えているが、これがなかなか難しい。

とりあえず手元にあるのは、岩波文庫『ブッダのことば』(中村元・訳)である。これはインドの初期仏教の経典「スッタニパータ」の訳であり、後に経典が整備されていく前の、ブッダ自身のナマの語りが見えてくるという意味では必携であるが、
1.注釈が本の半分以上を占め、とっつきにくい
2.これを読んでも日本の仏教との関連性はまったくわからん
という難点を持つ(いや、それでも必読ですよ)。なので、何か歴史的なことがわかった方がいいのではないかということで、私が持っているのは、PHP雑学3分間ビジュアル図解シリーズ『仏教』(末木文美士監修)である。「入門書の決定版」とまで銘打っているこの本であるが、確かにわかりやすい。書いているのが研究室の先輩で、監修してるのがうちの教授なので、バリバリ宣伝になるけど、僕は3年の頃よく読んでいた。

けど、これも微妙な気がするのは、「仏教入門」というよりは、「仏教思想史入門」ではないか?ということである。(大学などで)仏教を学び始めた人には最適だと思うが、全然関係ない日常で、ふと仏教のことが知りたくなったときに手を取る本か、と言われると微妙である。

ただ、各宗派が書いた本はその宗のことしか書いてなかったり、ときにウソがあったり、怪しいこともある。というわけで、しばらく仏教入門書研究をします。目標は、グーグルで「仏教 入門」で検索したらヒットすることやな、とりあえずは。

2006年10月18日

●[おしえて! 仏教 6]戒律って何や?

仏教に限らず、およそ宗教というものには戒律がある。牛食うなとか豚食うなとか、酒飲むなとか。元々戒律には興味があったのだが、最近学校の関係でいろいろと調べていて、より一層深みにはまって抜け出せない。

よく、日本のお坊さんは妻帯するし肉食するし、酒も飲むわで何でもありやんか、という批判があるが、これは一部分では当たっている。確かに、日本の仏教、特に現代の仏教においては、あまり戒律は重視されない。タイなどに行ってみるとよくわかるが、彼らはブッダの頃の原始仏教に近い戒律を守っていて、昼過ぎたら食事できないとか、そもそも食べ物は一般の人々からもらわねばならないとか、非常に厳しい。

しかし、厳しい仏教が正しくて、ゆるい日本の仏教が間違っている、というような安易な問題でもない。生活規定はその風土・習慣によって、大きく変化するものであるからだ。ブッダは「三学」ということを言った。これは「戒」(かい)「定」(じょう)「慧」(え)の3つをちゃんとやれ、というものである。生活のしきたりをちゃんと守って(戒)こそ、ただしい瞑想・座禅(定)ができるものであり、そこから悟りに必要な知恵(慧)が生まれる、というのだ。重要なのはここであると思う。当初からブッダは苦行を否定していたように、別にやせがまんしろと言っているわけではない。

日本仏教に戒律をきちんと伝えたとされるのはご存じ鑑真なのだが、それ以降、戒律は廃れたり、復興運動が起きたり、の繰り返しである。私には「どうも面倒くさい」「っていうかこんなん無理やし!」という当時の僧侶の発言(内心?)が想像できる。要するに、今の私は勉強のノルマを達成すればいいわけで(慧)、そのためには勉強しやすい環境で効率よく進めることが大事(定)、あくまでそのための決まりを守ればよい(戒)のだ。だからいま机にあるブラックニッカを一杯ぐらい飲んでも問題ない…??

2006年09月05日

●[おしえて!仏教 5]「空」とゼロ

ゼロを発明したのはインド人だという話は前から知っていたが、つい最近それが何となく、仏教思想における「空(くう)」とつながった。

「空」というのは辞書などを見ると、「ものが固定した実体をもたない」とか「あらゆるものごとに対する無執着」などとある。般若心経でお馴染みの「般若経」全般も、この思想を説いている。重要なのは「無」とは違うということだ(本当は無と同じ意味で使う「空」もあるが、ここでは割愛)。「空」のなにもなさは、「ものごとが『ある』や『ない』ではとらえられる状況ではなく、何もない」という感じなのだ。初期の仏教家、龍樹(ナーガールジュナ)は、この「空」こそがブッダの悟りの内容だとした。

なんかよくわからない「空」だが、これを「0(ゼロ)」と置き換えてみるとどうだろうか? 「+や-で捉えられる状況ではないけれども、何もない」状況がゼロだとすれば、しっくり来るような気がする。そしてまた、それは完全な無存在ではなく、ゼロが「ある」というあたり、空と似ているではないか。

ゼロを発明したのはインド人だというのは、決して偶然ではなかったんだなぁ…とひとり感心した秋の夜長。しかし、よく見ると辞書に「空は、インドの数学においては世界史上最初に発見したゼロを表す」と書いてあるではないか。なーんや。

2006年06月19日

●[おしえて!仏教 4]ブッダがなぜすごいのか?

ブッダの作った基本的仏教思想、という話だったが、これもまた難しいな。そんなん一言で表現できるわけないやん。できたら私がブッダであり、悟りに達したことになる。まあ、間違いを承知で行けるとこまで行ってみよう。

いちおうブッダが悟った内容は原始経典に書かれている。それは物事は「縁起」というものによって生じる、ということだ。簡単に言えば、原因があって結果が生まれる、という因果関係のことである。原因があるから、結果が生まれるということは、原因がなければ、結果は生まれない。つまり、苦しみから逃れたければ、苦しみの原因を除けばよい、ということになる。

なんや、当たり前やん!と突っ込むなかれ。ブッダがなぜすごいのか?ということは、いろんな人が語っているけれども、私は「苦しみから逃れたい」という動機が純粋か不純かはともかくとして、そこで奇跡とか魔術とかに逃げずに、ひたすら自分で考え続けたことではないかと思っている。そして生まれた「悟り」。

もうすこし具体的に見ていく。苦しみの原因とは何か、ということでブッダはいろいろ挙げるのだが、例えば「人を愛するから苦しみが生まれる」と言った。愛するということは、執着するということである。執着するというのは、「いつまでもその状態であってほしい」と願うことで、実際はそうもいかないから、苦しむ。だから、最初から愛するな。うん、わかりやすい。しかし、そんなことが本当にできるのか!!

私はなんとなく「むっちゃ頑張ればできなくもない」気がしてるけれども、そもそも「むっちゃ頑張る」のがブッダの教えというものへの執着な気がする。ある東大の先生(うちの教授ではない)は「まるで生きるのをやめろと言ってるかのよう」と驚嘆していた。まさにその通りである。普通の人生はやめろ、と言ってるのは間違いない。

だから、ブッダは悟ったあとに悩んだ。「この教えを広めていいのか?」と。手塚治虫の『ブッダ』にもこのシーンは出てくるが、ここで梵天(ブラフマン)というインドのえらい神様が登場し、「ブッダよ、その教えを語ってゆけ」と願ったらしい(梵天勧請=ぼんてんかんじょう、という)。そして、ブッダは布教を始めるのだ。どうして彼は語り始めたのか?語らない、という可能性もあったのに。そこだけは、どうしても理詰めでは到達できないが、何となくあるのは「私が同じ状況になったとしても、語り始めただろうな…」という共感である。

こんなものでどうでしょう。

2006年06月06日

●[おしえて!仏教 3]日本むかしばなし

研究室旅行で色んな人と話せたところまではよかったのだが、別に何か結論が出たということもない。しいて言えば、私の次回作の小説は官能小説で、フランス書院に投稿するということが決定したぐらいか。うーん、これはこれでレベルが高いぞ、そのうち別コーナーになるかも。

そんな破戒僧やってるうちにツジナカヒロキから電話が来た。宗派によっての違い、とか聞きたいことはいろいろあるらしいけど、とりあえず「日本に仏教が来るまでの流れ」を知りたいらしい。なるほど。倫理の授業みたいになるけど、まあ9月には教育実習も控えてるし、ちょうどええやん。

ブッダという人は、だいたい紀元前5世紀ぐらいのインド人。そのころのインドというのは今みたいなヒンドゥー教はないけれども、バラモン教とか、いろいろな思想はあった。ブッダ(元の名をゴータマ=シッダールタ)は、ちょっとした国の王子だったが、人生に悩んで出家。いろいろ修行したけど納得いかず、自分で発明したのが仏教である。まあこのあたりは手塚治虫『ブッダ』でも読めばいいので省略。

ブッダが死んだあと「このままやと教えがなくなってまうやん!」ということで、教団みんなが集まって教えを記録して「経典」ができる。でも解釈の違いとかで徐々に教団は分裂していく。最終的に日本に伝わる「大乗仏教」が生まれるのが紀元前1世紀。この時代はキリスト教も生まれているし、中国では儒教が国の教えとなったりしていて面白い。

大乗仏教はものすごく簡単に言うと「自分の修行よりも他人の救済」を目指す、現実的?な教えである。それがシルクロードを経由して中国に伝わる。そのときに漢文に翻訳される。朝鮮に伝わる。それで日本に伝わったのが西暦538年だな、確か。

対して、大乗仏教じゃない仏教(上座部仏教という)はインド南部からスリランカ、ビルマ、タイのほうへと伝わっていく。こっちは「他人というより自分の修行」である。これも今でも続いていて、タイなんかに行くと雰囲気がよくわかる。ついでにインドで仏教がどうなったかというと、ヒンドゥー教やイスラム教に圧迫されていって13世紀あたまに滅びてしまう。この最終期の仏教の教えは途中何度かチベットに伝わっていて、今でもチベット仏教として残っている。中国共産党やダライ=ラマの話は各自調べるように。

だいたいの流れはこんな感じか。仏教誕生からざっと2500年ぐらい経ってるわけだが、日本での歴史は1500年ぐらいと、短いような長いような。そんでもって仏教の面白いところは、日本のみならず各地で土着の信仰と結びついて微妙に変化しまくっていることである。さあ次は何を説明したらええんや、医者のタマゴよ!

2006年05月24日

●[おしえて!仏教 2]教えて!先生

ツジナカヒロキから当然のようにコメントが来た。うーむ、考えるとどんどん深い方向に行ってしまうので、とりあえず彼の質問に答える。「葬式仏教ってのは日本に大乗仏教が伝わった後にできたもんなんやろうか?」

この質問は、私のゼミ教官でもある末木文美士(すえき・ふみひこ)先生に答えていただこう。末木先生は最近は特に日本思想史全般を研究されていて、著書も多数。特に葬式仏教となった日本仏教をどう捉えるか、ということについて発言している。ゼミでは平安期の仏教論書を講読しているが、ろくに漢文も読めないダメ学生である私を温かい目で見守ってくれているのである…。まあそれはさておき。

先生の最近の著書『仏教vs.倫理』(ちくま新書、2006)から引用してみる。
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 死者の法要に仏教が関与することは仏教伝来以来早い段階から見られるものであり、日本にいたるまでの各地の仏教にも等しく見られるものであるが、仏教の機能がそれを主とするようになったのは、日本のみの現象であり、それも江戸時代にまで下る。すでに室町時代の禅僧の語録には葬儀や法要での法語が多く含まれており、次第に葬式仏教化しつつある様子が知られるが、江戸時代になると、いわゆる寺檀(じだん)制度が確立する。(p.81)
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寺檀制度というのは、もともとはキリシタン排除のためにできた制度で、寺が人々(=檀家さん)の戸籍を管理するものだ。これによって人々が死んだ生まれた、というのも寺が把握するようになり、葬式に密接に携わるようになった、ということである。奈良時代からある東大寺のように、葬式をやらないお寺もわずかながらあるのだ。

大乗と小乗(=上座部/じょうざぶ)とが分離したことと、葬式仏教の誕生はイコールではないだろうとは思う。けれども、末木先生も指摘するように、死者の法要に関与すること自体は、はるか昔からあったらしい。それはどんな感じだったんだろう。

やっぱり仏教の考え方というのは、「ある地域に仏教が伝来したときに、そこにどのような思想があったか」ということに影響されて変化していくのだろうと私は思っている。日本人には輪廻という思想になじみがなかったから、阿弥陀仏で極楽浄土、というのが普及したんじゃないか。私は個人的には輪廻すると思っているけど、うーん。

そういえばこのブログ読者であるうちの学科のSさんから「死んだら恐山に行くんだよ」という話を聞いた。Sさんはこないだ恐山に行ってきて、その民間信仰などを聞いたそうだ。これも仏教と直接的に関係はないけど、こういうのが仏教と並行して現代まで存続している、それが日本という国なのである。うーん、またわからんようになってきたから、明日からの研究室旅行でいろんな人と話すことにしよう。
http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/guidance/H18_html/html/07/0103intetsu.html

2006年05月15日

●[おしえて!仏教 1]はじまりは一本の電話

「交わりをしたならば愛情が生ずる。愛情にしたがってこの苦しみが起る。愛情から禍いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め」(岩波文庫『ブッダのことば』中村元 訳)
そうブッダは言ったらしい。愛欲を断ち切ってただ独り歩む、それが「苦」から離れる唯一の方法だというのは理解できるが、そんなことが可能なのか? 私の愛はどこへゆくのか? 最近よく考えるのはそういうことである。冗談抜きで。

そんな中、盟友ツジナカヒロキから電話が来た。このブログの読者であり、私の十年来の友人である。「おばあちゃんが亡くなって、いろいろ仏教のことに興味を持つようになった」とのこと。私に次々と仏教について訊いてくる。そんな急に言われても、とアセる。苦し紛れに「いきなり言われても答えにくいし、じゃあブログの連載にでもせんか?」と言うと、あっさりオッケー。ということでこの企画では、悩める仏教青年キノシタが、拙いながらも仏教の大問題と格闘し、答えらしきものを書き連ねていくのである…。

第1回の質問は「死んだらどうなるの?」である。そんな、いきなり根元的な命題が!と言うも、ツジナカが知りたいのは「何日後に霊魂はどの辺りにいるのか?」という、ある種の霊魂旅行日程らしい。まあ、そこだけならば比較的簡単にわかる。

基本的に仏教では、死ぬと「次に生まれ変わる(=輪廻)」なわけだが、死んだ瞬間に次の生が始まるわけではない。微妙な状況をさまよっているインターバルが多少あるわけで、それを「中有」(ちゅうう)と言う(中陰、チュウインとも言う)。その期間にも諸説あるのだが、一番有力なのが49日である。現在7日ごとに法要を営み、四十九日を満中陰とするのはそのため。仏教では何かと7の倍数にこだわるようで、まあこれは1週間が7日であることも関係あるだろう。

と、ここまで書いて自分でもよくわからなくなってきた。これじゃあツジナカは納得せんな。
輪廻、と言うが、じゃあ四十九日過ぎたらどこへ行くのか? 極楽浄土に行くのか? あるいは、お彼岸とは何なのか? そもそも「中有」なんていう考え方を発明したのは誰なのか? ブッダではなさそうな気がするぞ…。確か奴は「死後のことは考えるな」と言ったんじゃなかったか。わからん、わからん。苦悩のまま次回へ続く。